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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学四年編
278/313

その二百七十七(姉)

 私は力丸美鈴。只今、絶賛育児中。


 今年の三月に生まれた愛息の憲人けんとは、随分大きくなった。


 よく笑うし、よく動く。


 それでも、まだ一人では何もできないので、手はかかるけど。


 それも楽しくて仕方がない。出産するまで、不安しかなかったのが嘘のようだ。


 自分の子供って、こんなに愛おしいものなんだと実感しまくっている。


 夫の憲太郎君の中学時代の同級生である須芹すせり(旧姓:岩村)日美子さんのお宅にお呼ばれした日、愚弟の武彦は教育実習先の生徒である多田羅たたら美鈴みすずさんの訪問を実家で受けていた。


「あんたと違って、おしとやかでいい子だったわ」


 母に電話でそう言われた時は、ムッとしてしまったが、その後で武彦からの連絡を受け、多田羅さんがかなりしたたかな女の子である事がわかった。


 その多田羅さんが、何故か私の携帯番号を知りたがったので、母が教えた。


 同じ「美鈴」という名前なので、私といろいろと話がしたいそうだ。


 母からの情報だけだったら、私も、


「何ていい子なんだろう」


 そう思い、彼女の術中に落ちていたかも知れない。ちょっと大袈裟かも知れないけどね。


 そしてまた、それほど強かな子であれば、武彦から私が話を聞いている事も想定済みだろう。


 その事を言ってみても、うまくはぐらかすだろうし。まあいい。その時はその時だ。


 私と話がしたい理由を知りたいから。そして、武彦にキスをした理由も知りたいし。


 多田羅さんは想像以上に大胆不敵な子だった。その日のうちに私に連絡して来たのだ。


「明日、学校が早く終わるので、お邪魔してもいいですか?」


 サラッと尋ねられ、私は快諾した。拒む理由がなかったのだ。


 こちらとしても、「鉄は熱いうちに」打っておきたいし、ちょうど好かったと思った。


 それよりも、明日、武彦はどんな顔をして多田羅さんと会うのだろうかとそちらの方が心配になった。


 教育実習は確かあと一週間のはず。


 気の弱さでは世界レベルの武彦に、この妙なプレッシャーの日々が乗り切れるのだろうか?


 私には何もできないので、奴自身が何とかするしかないのだが。


 そんな事を考えているうちに、私も不安になって来てしまった。


 こうなったら、仕方がないと決断し、日美子さんに連絡する事にした。


 彼女は多田羅さんのクラス担任だ。何かを知っている可能性があるし、何より、多田羅さんの事をよく知っているはずだ。


 即行動の私は、憲人に授乳して寝かしつけると、すぐに日美子さんに連絡し、事情を説明した。


 すると、日美子さんも驚いてしまったようだ。


「多田羅さんがそんな事を? びっくりしました。あの子は、確かにクラスの男子ばかりでなく、他のクラスや上級生にも思いを寄せているらしい男子がいるのは把握していますが、彼女自身は奥手だと思っていました」


 日美子さんの返答だと、彼女が多田羅さんの事を何か知っている可能性は消えた。


「多田羅さんは実際、どんな子なんですか?」


 まだ日美子さんも私も言葉遣いが辿辿たどたどしい関係のままだ。敬語が出て来てしまう。


「成績も優秀で、授業態度も真面目ですし、人望も厚いので、クラスの中心的存在ですね」


 これはちょっと手強てごわいかも。すると日美子さんは、


「私も、彼女の本当の顔を知らなかったのかも知れません。あまり、そういう風には考えたくないのですが」


「多田羅さんが、武彦の事を前から知っていた可能性はありますか?」


 ちょっと気になった事があったので、訊いてみた。しかし、日美子さんは、


「多田羅さんは一人っ子なので、事前に武彦君の事を知っていた可能性は薄いですね」


「そうですか……」


 一つの可能性は消えた。だが、まだ完全に全部消えた訳ではない。


「では、多田羅さんと仲が良かった上級生はいませんか?」


 もう一つの可能性を確認してみた。


「一年生の時は、私は多田羅さんと直接授業で対面した事はないので、その頃の事はわかりませんが、少なくとも、二年生になってから、仲がいい上級生はいないと思います」


「そうですか」


 結局、もう一つの可能性はわからないままだった。


 私は、日美子さんにこの事は内密にしてくれるように頼み、通話を終えた。


 そして、憲太郎君が帰宅した時、どうしたものかと迷った挙げ句、全部話した。


「凄い子だね」


 憲太郎君も目を丸くしていた。


「同じ名前の美鈴でも、そこまで僕に大胆に仕掛けて来なかったもんね」


 憲太郎君は私を比較対象にして考察していたらしいので、


「ちょっと! 私は少なくとも、人の彼氏にチョッカイ出した訳じゃないわよ!」


「ごめん、ごめん。そういうつもりじゃないんだけどさ。成績優秀で、人望もある子が、どうしてそんな事をしたのか、ちょっと気になったんだよ」


 憲太郎君の言葉に、私はハッとした。確かにそうだ。


 多田羅さんは、武彦の彼女である都坂みやこざか亜希あきちゃんの存在も知った上で、行動に出ているのだ。


 多田羅さんは、亜希ちゃんに勝つつもりで行動したのだろうか?


 でも、何のために? 少なくとも、武彦が亜希ちゃんを捨てて、多田羅さんに心変わりする可能性は限りなくゼロに近い。


 ああ! 多田羅さんの目的が、武彦との交際ではないとしたら?


 武彦が心変わりしなくても、亜希ちゃんが武彦に愛想を尽かす可能性なら、考えられる。


 ごめんな、武彦。


 そこまで思いつき、多田羅さんがそんな事を考える子ではない事を祈りたくなった。


 明日が来るのが怖いな……。

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