その二百六十六
僕は磐神武彦。
今日は全国的に母の日。そして、大きなイベントの日でもある。
四月の終わりに、姉の夫の憲太郎さんのお姉さんである沙久弥さんの夫の西郷隆さんから電話があった。
てっきり、すっかり立ち消えになっていた「弟会」の事だと思ったのだが、違っていた。
「今度の母の日を盛大に祝おうと思うんだけど、協力してくれないかな?」
受験勉強やら何やら、自分の事でかなりいっぱいいっぱいになっていた僕は、すっかりその日を失念していた。
「盛大? どういう事ですか?」
すると西郷さんは、
「そもそもの発案者は沙久弥なんだけど、武彦君のお母さんと沙久弥のお母さん、それからウチのお袋、それから、武彦君の恋人の都坂亜希さんのお母さん、そして、武彦君の二人のお祖母さん、それに武彦君のお母さんの弟さんの奥さん、あと、武彦君の従兄の須美雄さんの奥さん、伯父さんの奥さんも交えて、ドーンと盛大にやろうと思ったんだけど」
あまりに壮大な計画なので、僕は言葉を失った。一体何人の「お母さん」を集めるつもりなのだろうかと数えてしまった。
総勢九人。それだけ「母」が集まる「母の日」のお祝いってあるのだろうかと思った。
「わかりました。どうすればいいんですか?」
考えてみれば、全員、ある意味親戚になるのだから、こんな顔合わせは早々できる事ではない。
只、皆さんの予定が合うかどうかが一番心配だ。
「武彦君には、亜希さんのお母さんとお祖母さん二人に打診をして欲しいんだ。それから、できれば伯母さんにもね」
「そうなんですか」
うわあ……。亜希ちゃんのお母さんと母方と父方の祖母はともかく、伯母さんである依子さんに連絡するの? ちょっと緊張するなあ……。
「姉に頼むのはダメですか?」
僕は試しに訊いてみたが、
「ダメだよ。一応と言っては失礼だけど、沙久弥も美鈴さんも、お母さんだからさ。今回のイベントはそれ以外の人間が動く事にしたんだ。只、須美雄さんへの連絡は美鈴さんがするらしいんだけど」
西郷さんの答えは予測通りだったが、只一点、須美雄さんへの連絡を姉がするというのは予想外だった。
何故だろう?
イベント事が好きなくせに段取りは嫌いな姉にしてはどういう風の吹き回しだろうかと思った。
「サプライズにするつもりはないから、母の日のお祝いをしたいって事は伝えてもいいけど、誰が来るのかは明確にしないで欲しいんだ」
「はあ……」
何だか難しそうな話だ。亜希ちゃんのお母さんと祖母は何も訊かないかも知れないけど、依子さんには何か聞かれてしまうかも知れない。
「直接は難しければ、従姉の未実さんに頼んでみればいいって、美鈴さんが言っていたよ」
西郷さんのその言葉に僕は項垂れそうになった。未実さんと話すのもちょっと怖いんだけど……。
取り敢えず僕は、亜希ちゃんに連絡して、事情を説明した。
「それ、いい考えね。お母さんも喜ぶと思うわ。私も手伝うね」
優しい亜希ちゃんはそう言ってくれた。
「ありがとう。じゃあ、おばさんに話してくれる?」
「うん、わかった。何だか、楽しみだね」
「そうだね」
亜希ちゃんはノリノリだった。僕は気が重かったけど。まさか、未実さんに連絡してとは言えないし。
そして、手始めに母方の祖母、すなわち綿積豊子に連絡した。
「そうなの。嬉しいわ。豊はそういうの、全然してくれなかったから。豊には私から話しておくから」
豊というのは、母の弟で、僕の叔父さんだ。祖母は嬉しそうだったが、その後ろで祖父が、
「父の日も祝ってくれるんだろうな?」
そう言っているのが聞こえてしまった。忘れないようにしないと。
そして、次に父方の祖母である磐神玉子に連絡した。
こちらの祖母も喜んでくれた。そして、
「依子さんには伝えていいの?」
思わぬ助け舟を出してくれた。今ではすっかり仲良くなっているようだ。
「依子伯母さんにももちろん参加して欲しいから」
「何だ、依子さんも呼ぶのね。なら、武彦が直接話した方がいいわね」
いきなりそういう展開になってしまい、僕は意識が飛びそうになった。
「父の日も忘れないでくれよ」
こちらの祖父にも言われてしまった。僕は苦笑いして、
「もちろんだよ」
そう応じるしかなかった。そして、溜息を吐いて、意を決し、次に伯父さんである研二さんの家に電話した。
「はい、磐神です」
すると電話に出たのは未実さんだった。僕は一瞬言葉に詰まりかけたが、
「あ、ご無沙汰してます、武彦です」
「武彦君? お久しぶりね、未実です」
未実さんの声が弾んでいるように聞こえるのは気のせいだろうか?
僕は事情を説明した。
「そうなんだ。父も私もイベント事が苦手だから、母の日は祝った事があまりないの。きっと喜ぶと思うわ」
未実さんにそう言ってもらえて、かなり肩の荷が下りた。
未実さんには全容を話したが、依子さんには誰が来るのかは言わないで欲しい事を伝えた。
「私も参加していいの?」
「もちろんです。未実さんもお祝いをする側ですから」
「嬉しい」
未実さんは本当に喜んでいるようだ。
「楽しみだわ。私にもできる事があったら言ってね」
「はい。また連絡します」
「そうだ、私の携帯の番号、教えておくね」
未実さんにそう言われて、何だかドキドキしてしまう僕って、自意識過剰だろうか?
「あ、はい」
僕は未実さんに教えてもらった携帯の番号をメモし、通話を終えた後、携帯に登録した。
場所と時間は、西郷さんと憲太郎さんが手配するらしいから、これで一安心だな。
と言ったところで、現在。僕は亜希ちゃんと共に祝いの席を設けた西郷さん行きつけの料亭に来ている。
「高級そうなお店ね」
亜希ちゃんはドレスに着替えている。髪型も大人っぽくなっていて、色っぽい。
惚れ直してしまう。それに比べて、僕は姉の結婚式で着た礼服だ。
さて、どれくらいのお祝いになるのかな?
半分楽しみで、半分怖くなっていた。