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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学四年編
265/313

その二百六十四

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学四年。


 目指す教員試験の願書を提出すると、今度は六月に控えている教育実習の事が心配になって来た。


 実習先は母校である高校だ。やりにくさとやりやすさが半々のような気がしている。


「今日も行くの?」


 大学からの帰り道、彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんに尋ねられた。


 一緒に帰るのは久しぶりだ。試験が終わるまではコンビニのバイトも休みにしてもらったので、時間がある時はできるだけ一緒に帰るようにしている。


 それくらい、僕達は忙しくなっていた。すれ違いで別れてしまうカップルもいるようだが、僕達にはそれはない。


 断言はできないけど、直接会えなければ電話で、それでも時間が合わなければメールで励まし合っているからだ。


「うん」


 僕は少しだけ申し訳ない気持ちになりながら応じた。すると亜希ちゃんは、


「一緒に行ってもいいかな? 私も尼照先生と会いたいから」


 思ってもみない提案をされ、びっくりしてしまった。


「ダメ、かな?」


 亜希ちゃんは僕がすぐに返事をしなかったので、心配そうな顔になった。僕はハッとして、


「ダメな訳ないよ。尼照先生も会いたいと思っているだろうから」


「良かった!」


 亜希ちゃんは本当に嬉しそうだ。僕も何だか嬉しくなってしまった。


 こうして、二人で母校に行く事になり、駅を出ると、いつもと反対方向に歩き出した。


「懐かしいね。もうあれから三年経つんだね」


 亜希ちゃんは周囲を見渡しながら言う。


「そうだね。早いよね」


「うん」


 亜希ちゃんが腕を絡めて来る。同じ通りを帰って行く後輩達が僕らを見てニヤニヤしているのがわかり、恥ずかしかったが、亜希ちゃんの腕を振り払う事はできなかった。


 いや、したくなかった。


「久しぶりね、都坂さん。すっかり大人っぽくなって、見違えたわ」


 尼照先生は亜希ちゃんにそう言って目を潤ませていた。


 僕と会った時は、見違えたとは言ってくれなかったし、大人っぽくなったとも言ってくれなかった、などと僻むつもりはないが、ずっと一緒にいた僕にはわからない変化が、尼照先生にはわかるのだろう。


「お久しぶりです、尼照先生」


 亜希ちゃんも尼照先生が涙ぐんでいるのを見てもらい泣きしかけていた。


 僕を直接担当してくれるのは、三年の時担任だった高木睦美先生。名前だけだと男性が女性がわからないが、これほど男っぽい人もいないだろうというくらい眉も太く、モミアゲも濃く、髭も綺麗に剃ってあるにも関わらず、青々としている人だ。


「お前には絶対に教員になってもらいたいんだよ。それは先生全体の思いでもある」


 亜希ちゃんが尼照先生と思い出話をしているのを横目で見ながら、僕は高木先生と教育実習の具体的な流れを打ち合わせた。


 一通り、打ち合わせがすみ、亜希ちゃんと尼照先生の話も区切りがついた頃、僕達は帰る事にし、先生方にお礼を言って職員室を出た。


「あ、磐神武彦君、でしょ?」


 ドアを閉じて廊下を歩き出した時、後ろから声をかけられた。隣にいた亜希ちゃんの戦闘力が途端に上昇した。


 若い女性の声だったからだ。亜希ちゃん、嫉妬し過ぎだよ、と言いたかったが、この際仕方がない。


「ええと?」


 僕は振り返って声の主を見た。見覚えがないが、出席簿を持っているという事は、先生という事だ。


 見た目は姉と同年代くらいだ。


「ごめんなさいね、いきなり声をかけてしまって。私、須芹すせり日美子ひみこ。貴方のお姉さんの美鈴さんのご主人の力丸憲太郎君と中学校の同級生なの」


 女性はにこやかな顔で説明してくれた。亜希ちゃんの戦闘力が急激に下がるのがわかった。


 長い髪をポニーテールにした美人で、品の良さそうな人だ。憲太郎さんの中学の時の同級生?


 付き合ったりしていたのだろうか? 妙な事を心配してしまった。


「そうなんですか」


 僕は確実に顔が引きつっているのがわかった。どう対応していいのか迷ってしまったからだ。


「貴方もここに来るつもりなのね。楽しみにしているわ」


 須芹先生がにこやかにまたドキッとするような事を言う。亜希ちゃんがピクッとした。するとそれに気づいたのか、


「あ、ごめんなさいね。こちら、武彦君の彼女さんなのね?」


 苦笑いをして続けた。亜希ちゃんも自分の心が須芹先生に丸わかりだと感じたのか、顔を赤らめている。


「心配しないで。私、もう二人の子持ちだから」


 須芹先生は左手の薬指にはめた指輪を見せてくれた。


「いえ、別に……」


 亜希ちゃんは恥ずかしそうに応じていた。


 


「恥ずかしかったな、もう。私って、そんなに顔に出るのかな?」


 校門を出た時、亜希ちゃんが言った。僕は微笑んで、


「そんな事ないよ。僕と亜希ちゃんの雰囲気を見て、察してくれただけだと思うよ。それにしても、憲太郎さんの中学の同級生がいるなんて、驚いたよ」


「ホントね。憲太郎さん、付き合ったりしてたのかな?」


 亜希ちゃんが僕と同じ発想だったので、ちょっとだけホッとした。


「憲太郎さん、モテたろうからね」


 僕は姉が知ったら揉めそうだと思った。そっちの方が心配だ。


 どうしようと迷いながら歩いていたら、亜希ちゃんの家の前に来ていた。


「じゃあね、武彦」


 亜希ちゃんとお別れのキスをして帰宅した。


 遅番の母はまだ帰って来ていない。というか、最近は早番でも遅い。


 前にも増して、高校の同級生だった日高ひだか建史たけふみさんと会っているらしいのだ。


 大人同士だから、もう僕も姉も何も言わないと決めている。


 僕はドアの鍵を開け、玄関を入った。


 すると、予期せぬ事が起こった。


 姉から電話がかかって来たのだ。何というタイミングなのだろうか?


「武、高校に憲太郎の同級生の須芹日美子さんがいるだろ?」


 姉はいつから超能力者になったのだろうと思ってしまった。


 よくよく話を聞いてみると、憲太郎さんが接待先で偶然須芹先生と会って、飲み直したのだそうだ。


 姉は気分が悪かったと散々愚痴を言って来た。僕は適当に受け流していたのだが、


「それはともかくさ、姉ちゃんの事が、あんたの高校で有名になっているらしいんだけど、どういう事?」


 妙な事を訊かれた。これはいつもの理不尽な言いがかりだと直感した。


「姉ちゃんは美人だから、どこでも名前が知られているんだよ。僕、同級生や先輩に姉ちゃんの事を訊かれて、困った事が何回もあったから」


 白々しいとは思ったけど、こう言えば厳しい追及は逃れられるだろうと思った。


「あらん。いやん……」


 ところが、効果は覿面てきめん過ぎ、しばらく姉は恥ずかしがっていた。


 何だか、余計疲れてしまった。

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