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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学三年編
260/313

その二百五十九(姉)

 私は力丸美鈴。ようやく待ちに待った我が子との対面を果たした。


 だが、新米ママはそこからが忙しい。


 翌日から、授乳が始まった。大きい割には出が悪いおっぱい。


 いや、ホント、母乳の出は乳房の大きさではないんだと再認識した時だった。


 その日から、先生の指導の下、母乳マッサージなるものをした。


 これが結構大変。自分でオッパイを揉むなんて経験、乳がんの発見方法として行って以来だ。


 あれも命が懸かっているから真剣だったが、こちらも我が子の成長が懸かっているから大いに真剣に取り組んだ。


 その成果は次の日に早速出てくれた。


 母乳の出が見違えるようによくなったのだ。


「美鈴さん、才能あるわね。今度、仕事が暇な時にでも、妊婦さんに教えに来てよ」


 母もお世話になった先生が冗談めかして言ってくれた。


 本来は、母乳マッサージは妊娠第二十八週から行うのがいいらしいのだ。


「親子二代でお世話になりましたから、喜んでお受け致します」


 私は軽い気持ちで言ったのだが、先生は、


「当てにさせてもらうわよ」


 そう言って、書類を持ち出したので、ちょっと面食らってしまった。


 たくさんの方にお祝いに来ていただいたのも嬉しかった。


 中でも、本当に心が折れそうになった事もあった亡き父の実家の皆さんがいらしてくださった時は、泣きそうになった。


「私も赤ちゃんが欲しくなったわ」


 従妹いとこ未実みみさんが顔を赤くしてそう言った時、


「未実はその前に結婚相手を探さないとだろう?」


 伯父さんの研二さんが言った。すると未実さんは何故かチラッと愚弟の武彦を見てから、


「そうね」


 ニコッと笑って私を見た。まさか、武彦と結婚するつもり? 


 いとこ同士は結婚できるけどさ……。考え過ぎか。


 未実さんは「お兄ちゃん大好き症候群」だから、お兄さんの須美雄さんに似ているらしい武彦に興味があるだけだろう。


 そんな時でも、武彦は未実さんの視線に気づかずに、父方の祖父母と話していた。


 その日は、彼女の都坂亜希ちゃんが都合が付かなくて、武彦一人で来ていたから、余計に気を揉んでしまいそうだ。


 どうやら、「弟大好き症候群」はまだ症状が治まっていないようだ。反省。


 それから、母方の祖父母も来てくれた。豊叔父さんも一緒だ。


 そして、父方母方の親戚を集めてくれた我が子の憲人けんとに心から感謝した。


 生まれてくれてありがとう、と。


 もう一人の従兄の須美雄さんは仕事の都合で翌日の夕方、面会時間ギリギリくらいになって、奥さんとお子さん二人と来てくれた。


「美鈴さんにそっくりですね」


 まだ須美雄さんの言葉遣いは少しだけよそ行きだったが、そんな事を指摘しても仕方がない。


「ありがとうございます」


 須美雄さんの奥さんは綺麗で穏やかな顔立ちの人。


 親友の美智子と同じ癒し系の方だった。


 お子さんは二人共男の子で、憲人に興味津々だったようだ。


 眠っている憲人の顔をまさに穴が開く程見つめていた。


 子供達には、赤ちゃんて不思議な存在なのかも知れない。


 ほとんど覚えていないが、武彦が生まれた時、弱々しく泣いているあいつを見て、怖くなった事があったような気がする。




 母子共に順調だったので、退院は思っていたより早く、五日で力丸家に行く事になった。


 最初は本当に不安だったのだが、夫の憲太郎君のお姉さんである沙久弥さんが里帰りした時に使ったものが一式そのまま残っていたので、いろいろと助かった。


 緊張すると思われたおしゅうとめさんである香弥乃さん、おしゅうとさんである利通さんとの関係も、そうでもなかった。


 いや、と言うより、憲人の夜泣きが酷く、ヘロヘロになってしまったのだ。


 緊張しているような暇はなかった。とにかく毎日が慌ただしく、てんてこ舞いだった。


 もちろん、憲太郎君も助けてくれたのだが、彼には会社があるので、そんなに頼りにする訳にもいかない。


 香弥乃さんはほとんど家にいるので、昼間はお世話になっているが、夜はそういう訳にはいかない。


「遠慮しないでね。憲人は私の孫でもあるのだから」


 そう言われた。


 孫か。私の母もそうだが、香弥乃さんも若いので、「お祖母ばあちゃん」とは思えない。


 でも、我が母などは、


「他人に『お祖母ちゃん』なんて言われると腹が立つけど、孫になら早く言われたいわ」


 デレデレした顔でそんな事を言っていた。そんなに孫って可愛いものなのかな?


 いくら可愛くても、あまり甘やかさないで欲しい。


 私は厳しく育てるつもりだから。


 憲太郎君に教育方針を話すと、


「気が早いんだから、美鈴は」


 半目で少し引かれてしまった。しかし、間違ってはいないと思う。


 小さい頃から厳しくしつけないと、将来ロクな大人にならないだろうから。


「でもさ、美鈴が思ったより、お袋と打ち解けてくれて、嬉しいよ」


 憲太郎君に言われて、改めてハッとした。


 憲人の世話に気を取られて、香弥乃さんに対して固くなるような事がなくなっていたのだ。


「そうみたいだね。それも、憲人のお陰だよ」


 私はようやく寝付いてくれた憲人を見て微笑んだ。


 まさに天使の寝顔。あれ? この顔、昔見た事があるような……。


 げ……。憲人の寝顔、武彦の赤ん坊の頃にそっくりだ。でも、もしそんな事を憲太郎君に言おうものなら、


「まだ『弟症候群』を抜け出せないの?」


 白い目で見られそうだから、言えない。


「次は女の子がいいね」


 憲太郎君が私を後ろから抱きしめて囁いた。


「気が早いんだから、憲太郎は」


 私は彼の腕に抱きついて応じた。

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