その二十五
僕は磐神武彦。高校三年生。
三月に、何とか進学を決めたところなのに、今度は中間テストだ。
ここで赤点でも、期末テストで挽回すればいいのだが、そんな余裕はない。
幼馴染で現在交際中の都坂亜希ちゃんがそんな僕を心配して、
「一緒に勉強しましょう」
と言ってくれた。
そして、今日は図書館で二人で勉強。
周囲の好奇の目にも負けず、僕は亜希ちゃんの指導の下、テスト対策を進めた。
とても同級生とは思われない。まるで先生と生徒だ。
「うーん。武君、それはさっき解いたばかりだよ? もうわからなくなっちゃった?」
亜希ちゃんが悲しそうに言う。僕は申し訳なくて、
「ご、ごめん、亜希ちゃん」
と言うのが精一杯。亜希ちゃんは溜息を吐いて、
「私の教え方が下手なのかなあ」
「そ、そんな事ないよ!」
僕は慌てて否定する。僕が悪いんだ。亜希ちゃんはとてもわかり易く教えてくれているのに。
「本当に?」
亜希ちゃんは小首を傾げて僕を見る。
それだよ、それ!
亜希ちゃんが可愛過ぎて、僕は勉強に集中できない。
「やあ、久しぶりだね」
そこへ力丸憲太郎さんが現れた。憲太郎さんは姉の婚約者だ。
「こんにちは」
僕と亜希ちゃんは揃って挨拶した。憲太郎さんは僕達の向かいの席に座り、
「試験勉強?」
「はい。中間テストが近いので」
亜希ちゃんが笑顔で答える。
「捗ってる?」
「え、あの、その……」
亜希ちゃんは苦笑いし、僕は言葉に詰まる。
すると憲太郎さんはクスッと笑って、
「そうだよねえ、武彦君。こんな可愛い彼女と一緒だと、勉強どころじゃない、よね?」
とズバリと核心を突いて来た。
「え?」
亜希ちゃんが赤くなる。僕はもっと赤くなる。
「ああ、ごめんごめん。変な意味じゃないよ。僕も経験者だからさ」
「は?」
僕と亜希ちゃんは同時に憲太郎さんを見た。
「僕も高校時代、美鈴と一緒に勉強したんだ。その頃はまだ、仲のいい友達っていう関係だったけど」
「……」
僕は亜希ちゃんと顔を見合わせた。
「美鈴ってさ、ああいう性格だから、こっちがドキッとするような事を平気でして来るんだよね」
「え?」
別の意味でドキッとする僕。亜希ちゃんも神妙そうな顔で話に聞き入っている。
「あいつにはそんなつもりは全然なかったんだろうけど、僕にピッタリ張り付いて来てさ。吐息がかかるほど接近されて、本当に勉強どころじゃなかったなって。今ではいい思い出だけどね」
憲太郎さんは少し照れながら話してくれた。
そんな事があったんだ。知らなかったなあ。
「じゃ、勉強頑張ってね」
「は、はい」
憲太郎さんはそのまま立ち上がると、司書の人に話しかけて、そのフロアから出て行った。
「武君」
亜希ちゃんが出し抜けに切り出す。
「な、何?」
僕は居ずまいを正して彼女を見た。
「武君も、私と勉強してると、ドキドキするの?」
直球な質問だ。しないと言えば失礼だし、すると言っても話がややこしくなる。
僕が答えに窮していると、
「私はドキドキして欲しいかな」
亜希ちゃんは恥ずかしそうに言った。
僕はもう失神してしまうかと思った。
結局、あまり勉強は捗らないまま、僕らは図書館を出た。
「じゃ、また明日ね」
亜希ちゃんは手を振りながら家に入って行った。
僕は踵を返すと、家に向かった。
「お帰り」
玄関を開けると、ちょうど出かける姉がいた。
「今から大学?」
「うん」
僕は迷ったが、憲太郎さんに会った事を話した。
「へえ。リッキーが図書館にね。まだ教師の夢、諦めてないのかな?」
姉がニヤッとして言った。憲太郎さんは先生になりたかったのだが、柔道に集中するために諦めたのだ。
「何の話したのよ?」
急に気になったのか、出かけるのを忘れたかのように僕について来る。
「え、何って……」
言い澱んだが、ここで惚けても許してくれない姉だとわかっているので、僕は全部話した。
「そんな事、話したんだ」
姉が照れている。天変地異の前触れだろうか?
「それさ、作戦だったの」
「え?」
姉の言葉に僕は驚いた。
「リッキーは、その頃からずっと狙っていたから、そうしたのよ」
「……」
姉の大胆さはルパンも真っ青かも知れない。
「あんたも、亜希ちゃんのサインをしっかり見ていないと、呆れられて逃げられるよ」
「え?」
姉は僕が混乱してしまうのも構わず、そんな事を言ったままで、サッサと出かけてしまった。
どうしたらいいのさ? その答えを教えてほしい僕だった。




