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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学三年編
256/313

その二百五十五(姉)

 私は力丸美鈴。とうとう産休に入った臨月の妊婦。


 心配性の夫である憲太郎君が真剣な表情で、


「頼むから、もう仕事を休んで」


 そう懇願したので、会社に産休願いを出した。


 本当ならもう少し働きたかったし、やり残した仕事もあったので心苦しかったが、


「後の事は任せて」


 五年先輩の御真津みまつ可恵かえさんと神沼かみぬま美弥みみさんに言われてしまった。


 頑張り過ぎて、仕事中に出産とかもまずいと思ったので、決断した。


 そんな事はないとは思うけどね。


 


 そして、今日は産休二日目の日曜日。産休でなくてもお休みだけど。


「お待たせ」


 私達の住んでいるマンションの最寄り駅で待ち合わせをしていた一年先輩の沖永おきなが未子みこさんが来た。


「大丈夫なの、力丸さん?」


 沖永さんは私のお腹を見て言った。私は苦笑いして、


「見た目程はつらくはないので、大丈夫です」


 そう返した。沖永さんはホッとしたように微笑み、


「そう。じゃあ、行きましょうか」


 またしても若干楽しみそうな沖永さん。何度も言いたくなるのだが、これから会う磐神いわがみ須美雄すみおさんは、妻帯者なんですからね。


 でも、仕方ないかな。お兄ちゃん子の沖永さんには、須美雄さんはまさに「ザ・お兄ちゃん」だからなあ。


 そして、本当の相手は、須美雄さんの妹さんの未実みみさん。


 実際には愚弟の武彦が未実さんに駅でバッタリ会い、問題ないのはわかっている。


 未実さん自身は、お兄さんである須美雄さんと話して、自分の気持ちを伝えたいだけなのだ。


 大好きなお兄ちゃんと仲直りがしたい。それだけなのだ。


 二人との待ち合わせ場所は、駅の近くにできたコーヒーショップ。


 私を気遣ってくれた須美雄さんがそこにしてくれたのだ。


 だから、私達は約束の時間より三十分くらい早くそこに着いてしまった。


「まだどちらも来ていないみたいね」


 沖永さんが店内を見渡して呟いた。その声には少しだけがっかり感があったような気がする。


 私達がコーヒーを注文した時、未実さんが入って来た。まだそれでも約束より二十分早い。


 未実さんは手を振る沖永さんに気づき、少しだけ微笑んだが、隣に私がいるのを見て顔を強張らせたのがわかった。


 以前、父方の祖父母の家で会った時とは違い、敵意に満ちた目はしていなかったが、何となくバツが悪そうな表情なのは仕方がないだろう。


「お久しぶりです、未実さん」


 私は席を立って頭を下げた。すると未実さんは、


「そんな、頭を下げないでください、美鈴さん。それは私がする事です」


 あの時と同じ人なのかと思うような事を言った。一瞬、私は未実さんをジッと見てしまった。


 未実さんは照れ臭そうに笑い、向かいの席に座った。それに気づいて、店員が近づいて来る。


「コーヒーを」


 未実さんはすぐに注文をし、私達を見た。そして、


「本当にごめんなさい、美鈴さん。武彦君も言ったけど、珠世叔母さんにも直接謝罪に行きます。それから、たける叔父さんのお墓にも行きますから」


「ありがとうございます、未実さん」


 私は急にこみ上げて来るものがあり、涙を零してしまった。すると未実さんも泣き出した。


「本当にごめんなさい……」


 未実さんは頭を下げて涙声で言ってくれた。


「未実さん、楽になったでしょ?」


 涙を目に溜めている沖永さんが言った。未実さんは涙を拭いながら沖永さんを見て、


「はい。未子さんのお陰です。本当に私、バカでした」


 沖永さんは未実さんの手を取ってとうとう泣き出した。そこへ、須美雄さんが到着した。


 何故か、途端に沖永さんと未実さんは泣き止み、必死になって涙を拭っている。


 それを見て何だかおかしくなってしまったが、どうにか笑うのを堪えた。


「遅くなりました」


 須美雄さんが言うと、沖永さんは立ち上がって、


「いえ、私達が早かっただけですから」


 未実さんは逆に俯いてしまい、須美雄さんを見ようとしない。顔が真っ赤なので、恥ずかしいのだとわかった。


「元気そうだね、未実」


 須美雄さんは隣に座りながら、未実さんの肩を軽く叩いた。


「うん……」


 未実さんは顔をクチャクチャにして泣いていた。お兄ちゃんに見られたくないのだろう。


 どうしても須美雄さんを見ようとしない。


 須美雄さんは未実さんの顔を無理に覗き込もうとはせずに、


「ごめんな、未実。この前はちょっと言い過ぎた。許してくれるか?」


 須美雄さんの言葉に沖永さんがうっとりしているのがわかった。


 もう苦笑いどころか、呆れてしまいそうだ。


「許すも何も、お兄ちゃんは全然悪くないよ。私が勝手にねていただけなんだから」


 未実さんは身体を須美雄さんの方に向けたが、顔は俯かせたままでそう言った。


 それからしばらく、未実さんと須美雄さんは話をした。


 小さい頃の事、未実さんが大学受験に失敗して、須美雄さんに慰めて欲しかったのに須美雄さんが忙しくて話ができなかった事。


 未実さんが就職にも失敗した時も須美雄さんは海外出張でいなかった事。


 未実さんは常にお兄さんを頼っていた。須美雄さんはそれに気づいていなかった事が多かった。


 それを話せた事で、未実さんは肩の荷が降りたように微笑んだ。


 逆にそれを聞いた須美雄さんは、複雑な表情したが、自分が妹のピンチに気づけなかった事を謝罪した。




「今日はありがとうございました」


 須美雄さんと未実さんにお礼を言われてしまった。私は面食らってしまったが、


「とんでもない。これでようやく、父もホッとしたと思います。心残りだったでしょうから」


 長かった断絶期間を乗り越え、二つの磐神家がまた交わるようになる。


「赤ちゃんが生まれたら、見に行っていいですか?」


 未実さんがチラッと須美雄さんを見てから尋ねて来た。私は笑顔全開で、


「もちろん。是非、見に来てください。それから、お祖父じいちゃんとお祖母ばあちゃんにも見せに行きますから」


「はい」


 未実さんは嬉しそうに頷いてくれた。


 そして、私達は笑顔で再会を約束し、別れた。沖永さんだけは名残惜しそうだったけど。


「沖永さん、いろいろとありがとうございました」


 駅で別れる時、私は沖永さんの手を握って言った。沖永さんはびっくりしたようだ。目を見開いている。


「そんな、私は大した事してないから」


 謙虚な言葉が返って来た。


「沖永さんも、是非見に来てくださいね、私達の赤ちゃん」


 すると沖永さんは、


「もちろんよ」


 力強く返事をしてくれたので、つい悪戯心が働いて、


「須美雄さんが来てくれる日を連絡しますね」


「もう、力丸さんの意地悪!」


 沖永さんはプウッとほっぺを膨らませた。




 沖永さんと別れた後、私は母と武彦に無事解決した事を連絡した。


 母は泣いていたようだ。武彦は彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんと一緒だったらしく、返事が素っ気なかったような気がしたが、まあ、気のせいだろう。


 胎教に悪い事は考えないようにしなくては。


 でも、本当に良かった。天国の父も、すごく喜んでいると思う。

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