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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学三年編
255/313

その二百五十四(姉)

 私は力丸美鈴。もうすぐ出産の妊婦でもある。


 先日、父方の従兄の須美雄さんと会った。


 長い間疎遠になっていた父の実家との最終的な和解に向けての下準備のためだ。


 会社の一年先輩である沖永おきなが未子みこさんの協力を得て、須美雄さんの妹さんである未実みみさんとの話をできる事になった。


 実際には、お兄ちゃん子である未実さんと須美雄さんが話すのだが、立会人として沖永さんと私も参加するのだ。


 そして、その日の前々日の事。


 愚弟の武彦から午前中に電話があった。緊急事以外、連絡をするなと言ってあるので、何事かと思い、慌てて通話を開始した。すると奴は、


「ちょっと言いにくい事なんだけど」


「何だよ、サッサと言え。私は仕事に行く途中なんだぞ」


 武彦やつの事だから、また何かやらかして、私に怒られるのが怖いのだろうと推測する。


 ところが武彦の話は、私の想像を遥かに超えていた。


「実はさっき、未実さんと会ったんだ」


「何ィッ!?」


 完全に意表を突かれた私は、電車を待つホームだったのにも関わらず、大声を出してしまった。


 周囲の視線が痛い。私は苦笑いして会釈し、急いでホームの中央に向かい、


「どういう事だ? 何でそんな勝手な事をしたんだ!?」


 小声で詰問した。すると武彦は、


「未実さんが駅で待っていたんだ。会いに行った訳じゃないよ」


 言い訳みたいな事を言ったのだが、嘘を吐いているようではない。


 仕方がないので、電車を一本やり過ごし、武彦の話を聞いた。


 未実さんは以前、彼女が所属している「妹会」の参加メンバーである「経済学部の巨乳ちゃん」こと長須根ながすね美歌みかさんに会いに武彦がアルバイトをしているコンビニに行った。


 そこで長須根さんの亡きお兄さんに似ている武彦に会い、挨拶もそこそこに帰ってしまった事があった。


 未実さんはその時の非礼を詫びに現れたのだと言う。


 何故武彦から逃げたのか? その理由は何と、「お兄ちゃんに似ているから」だったそうだ。


 あまりにも意外な返答だったので、武彦は相当驚いたらしいが、私も驚いた。


 未実さんは、私にも私の夫の憲太郎君にも、それから母にも、そして父にも謝りたいと言ったそうだ。


 武彦の話では、自分の言いたい事だけ言って帰ってしまったところが、私によく似ていたとか。


 私って、そんなところあるのかな、と思った。


 あれ? という事は?


「って事は、私と沖永さんのした事って、何なのよ!」


 あれこれ考えながら動いた事を無にされたような気がして、つい武彦に八つ当たりしてしまう。


「いや、でも、姉ちゃん達も未実さんと話した方がいいよ。それはそれで必要な事だと思うから」


 武彦は矛先が自分に向いたのに気づいたのか、慌ててそう言った。


「もちろんよ。中止にはしないけど……。それにしても、未実さん、ちょっと勘弁して欲しいわ」


 未実さんの行動に心が折れそうになって、私は溜息を吐いてしまった。


「人のふり見て我がふり直せだよ、姉ちゃん」


 武彦の非情な言葉が耳を貫いた。


「何だと!」


 文句を言ってやろうと思った時、電車が来た。これを逃すと取引先に間に合わなくなるので、通話を切って乗った。


「どうぞ」


 見知らぬ男性に席を譲られた。あ、そうか。私、妊娠してるんだっけ?


 カリカリするのはやめようと思い、その男性にお礼を言って座った。


 


 取引先の最寄り駅に降りた時、沖永さんに連絡し、未実さんの事を伝えた。


 すると、沖永さんには未実さんからお詫びの電話がさっきあったらしい。


「未実さんには未実さんの事情があるから、仕方ないわよ、力丸さん。私達は私達にできる事をしましょう」


「はい」


 さすが、揉め事解決人だ。沖永さんの言葉で、私は納得できた。


 未実さんも悪気があってした事ではないのだから、文句を言っても始まらないのだ。


 その日一日の仕事を終え、病院に寄ってから、帰宅した。


 憲太郎君は昨日まで出張だったので、今日は私より先に帰り、夕飯の用意をしてくれていた。


 私はまず未実さんの話をした。


「なるほどねえ。武彦君はさすがに美鈴の弟だよねえ。美鈴って、確かにそういうところ、あるもんね」


 武彦の言っていた事を話すと、憲太郎君は笑って言った。私はそれには納得ができず、


「私って、そんなに勝手なの?」


 口を尖らせて尋ねると、憲太郎君はサラダを取り分けながら、


「勝手って言うのとは少し違うけど、美鈴は自分が話し終わるとそれで終了みたいなところがあるよ。やっぱり、いとこ同士だなあって思ったんだ」


 また笑い出す。そして、


「武彦君も、未実さんが美鈴に似ているって思ったから、彼女とは絶対に和解できるって感じたのかも知れないよ」


 ニヤニヤして言われた。またそこをいじるか、こいつは!


 そういう時だけ、最愛の人だけど小憎らしくなる。


「ええ、ええ、どうせ私は『弟大好きお姉さん』で、武彦は『お姉さん大好き弟』ですよーだ!」


 わざといじけたように言い返した。憲太郎君は苦笑いして、


「そんな事、言ってないよ。未実さんが美鈴に似ているから、どういう性格なのかわかったんじゃないかって思っただけだよ」


 私は墓穴を掘ったのに気づいた。腹が立ったので、更なる仕返しをする。


「じゃあ、ごめんねのチュウしてあげる」


 席を立ち、憲太郎君に迫る。途端に憲太郎君が狼狽え出した。


「あ、悪かったよ、美鈴!」


「許しません!」


 憲太郎君を座らせ、ブチュウっとキスをした。ドレッシングの味がした。


 前にもこんなキスをした事があったのを思い出した。


「季節的に心配だから、産休に入ってよ。雪が降って転んだりしたら、大変だよ」


 憲太郎君は私の頭とお腹を撫でながら言ってくれた。


「うん、考えとく」


 私はそう言って、不意打ちのキスをした。


「美鈴!」


 顔を真っ赤にして私を見る憲太郎君。大好きだよ。

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