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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学三年編
253/313

その二百五十二(姉)

 私は力丸美鈴。来月出産を控え、かなりお腹がせり出して来たが、できるだけ出勤はしようと思っている。


 それから、私事わたくしごとだが、亡き父の実家との完全な和解を成し遂げるため、私は一人の女性に望みを託した。


 その人は、沖永おきなが未子みこさん。


 勤務先の一年先輩で、大好きなお兄さんが結婚してしばらく落ち込んでいた程のブラコンの人だ。


 その人が参加している「妹会」という会合に何といとこの磐神いわがみ未実みみさんが参加していた。


 彼女は未だに私達に敵意を向けている人。


 沖永さんは未実さんから話を聞き、間に入ってくれる事になった。


 まず手始めに未実さんのお兄さんである須美雄さんに連絡を取り、未実さんが須美雄さんの事を大好きで、その大好きなお兄ちゃんに強い言葉で叱られたのがショックだった事を伝えた。


 それから、未実さんと会って、彼女の真意を聞いて欲しい事も伝えた。


 須美雄さんもびっくりしていたようだ。未実さんは須美雄さんの家にあまり来たがらなくて、須美雄さんのお子さんには優しいけど、須美雄さんの奥さんとはほとんど話したりしないのに思い当たったみたいだ。


 


 そして、待ちに待った、あ、いや、須美雄さんと会う日が来た。


「随分念入りにお化粧してるね」


 出かける時に愛する夫である憲太郎君が言った。


「そんな事ないよ」


 私は苦笑いして玄関を出た。顔が火照っているのを憲太郎君に知られたくなかったからだ。


 実際、須美雄さんにそんな感情は微塵もない。


 でも、 従兄いとこに会いに行くのとは違う何かがあるのも否定できない。


 だが、憲太郎君が嫉妬するような事ではないのだ。


 須美雄さんは、亡き父にそっくりなのだ。


 何しろ、母でさえドキッとしたくらいなのだから。


 幼い頃に父を亡くした私の複雑な思いを理解して欲しいと言っても難しいのはわかっているけど、誤解なのは確かなのだから、嫉妬はしないで欲しいと思う。


 私は待ち合わせの場所である駅に行った。


 しばらくして、沖永さんが来た。うわ、沖永さん、会社に来る時と全然違う服装で、お化粧も念入り。


 やっぱり、ウキウキしているのか? いや、そんな事を指摘すると藪蛇だからやめておこう。


「お待たせ、力丸さん。さあ、行きましょうか」


 沖永さんは私が何か言いたそうな顔をしていると思ったのか、そそくさと券売機の前に行ってしまう。


 私は笑いを噛み殺しながら、沖永さんに続き、切符を買った。


 須美雄さんは私に気を遣ってくれて、途中の駅の前にあるコーヒーショップで落ち合う事にしてくれた。


 それは三駅先にあるので、乗るとすぐに着いた。


「ふう」


 沖永さんは改札を出る時に深呼吸していた。緊張しているのだろうか?


 そんな様子を見ていたせいか、私までドキドキして来た。


 コーヒーショップは駅の真向かいで、すぐに辿り着けた。


 中に入ると、須美雄さんは既に来ていた。私に気づき、立ち上がって頭を下げてくれた。


 私は会釈を返しただけだが、沖永さんは深々とお辞儀をしていた。


 周囲にいた他のお客は何事かという顔で私達を見ていた。私は沖永さんを促して、須美雄さんがいる席まで進んだ。


「お久しぶりです、美鈴さん。それから、こちらが、沖永未子さんですね?」


 須美雄さんは爽やかな笑顔で言った。沖永さんは須美雄さんの顔をまともに見られないのか、俯いて、


「はい、沖永です。今日はご足労をおかけして申し訳ありません」


 また深々とお辞儀をした。須美雄さんは苦笑いして、


「まずはおかけください」


「あ、はい」


 沖永さんは椅子を引くのにもオタオタしてしまって、私が代わりに引いてあげた。


 沖永さん、もしかして初対面の男性には緊張してしまうタイプ? 愚弟の武彦の女性版かな?


「こちらこそ、妹がご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 須美雄さんはウェイトレスが私と沖永さんの注文を取り終えると、口を開いた。


「いえ、とんでもないです。未実さんは本当に優しい人なんです。只、お兄さんに叱られたのがショックで、自分の殻に閉じこもりかけています。その殻から出る手助けをしたいので、お力を貸してください」


 沖永さんはようやく落ち着きを取り戻したようだ。


「はい、もちろんです。僕も妹の事が心配なんです。受験に失敗して、就職にも失敗して、かたくなになってしまっているようなので」


 須美雄さんも、ご両親が未実さんを甘やかせているのを危惧していたそうだ。


「でも、そこでお兄さんが未実さんを叱ったのでは逆効果なんですよ。むしろ、親身になって話を聞いてあげないと」


 沖永さん、自分の得意分野になったので、目が生き生きとして来ているような気がする。


「はあ、すみません」


 須美雄さんがションボリした顔で応じたので、沖永さんは、


「いえ、お兄さんを責めているのではありませんよ。これからのお話をしているのですから」


 会社でも揉め事解決人の異名を取る程、沖永さんはこういう事象に対応するのがうまいのだ。


「はい」


 須美雄さんはニコッとして沖永さんを見た。ああ、その笑顔、誤解を呼びますよ!


「ええと、そのですね、未実さんはお兄さんの事を大好きなのですから、未実さんの立場に立ってあげて、彼女の話を聞いてあげれば、今度こそ、未実さんは心を開いてくれると思います。少なくとも、私や妹会の人達には笑顔で話してくれるのですから」


 少しだけ顔を赤くした沖永さん。それでもきっちり、今後の事を話したのはさすがだった。


 こうして、未実さんと須美雄さんが話をするお膳立ては完成した。


 須美雄さんは沖永さんにお礼を言い、サッと伝票を持つと、会計をすませて店を出て行った。


「カッコいい人ねえ、貴女の従兄さん」


 沖永さんはまるで王子様が去ったのを見ているかのような目で言った。


「沖永さん、須美雄さんは妻帯者ですよ」


 私はニヤッとして囁いた。すると、沖永さんはハッとして私を見て、


「そ、そういう意味で言ったんじゃないわよ、もう! やめてよね!」


 顔を赤らめてムッとされてしまった。私は苦笑いして応じた。


 これで後は須美雄さんと未実さんが話をするだけ。長い道のりだったけど、ようやく二つの磐神家の繋がりが元通りになるのね。

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