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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学三年編
249/313

その二百四十八

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学三年だが、もうすぐ終了。


「おい、いつまで寝てるんだ、 武! 初詣に行くぞ」


 何故か姉の声がした。まだ夢の続きかと思っていたら、


「起きろ!」


 鼻を思い切り摘まれ、完全に目が覚めた。


「え? どうして姉ちゃんがいるの?」


 僕は重たい瞼を擦りながら尋ねる。まだ意識の半分は夢の中なのだ。


「夕べ、泊まったからに決まってるだろ!」


 今度は拳骨を食らった気がした。そして、ようやく事態を把握した。


 昨夜、すなわち大晦日の夜、姉夫婦がやって来たのだ。


 姉の夫である憲太郎さんの提案で、我が家で年越しをする事になり、姉から母に連絡があったのだ。


 例によって僕は何も知らされていなかったので、バイトから帰って姉がいたので驚いた。


 ちょっとだけ嬉しかったが、それでもいきなり、


「武、元気だったか?」


 スリーパーホールドを決められ、嬉しさより恐怖がまさった。


 妊娠しているとはとても思えない事をする。


 その後、憲太郎さんにマジ説教されて凹んでいたのは少しだけ可愛いと思ってしまった。


 姉に言われて、彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんに連絡した。


 亜希ちゃんはすぐに来てくれた。


「迷惑じゃなかった?」


 僕は玄関の外で出迎えてこっそり亜希ちゃんに尋ねた。すると亜希ちゃんはニコッとして、


「そんなはずないでしょ。新年を武彦の家で迎えられるなんて、すごく嬉しいよ」


 僕は多分顔が真っ赤になっていたと思う。


 いつもの年越しと違うのは、妊婦である姉が一滴も酒を飲んでいないという事だった。


 こうなると、毎年妊娠していて欲しいと思ってしまうが、さすがにそんな事は言えない。


 亜希ちゃんは母と憲太郎さんに付き合って、少しだけ飲んでいる。


 飲み過ぎると、以前のように記憶が飛んでしまうのを恐れているのか、すぐに飲むのをやめてしまった。


 亜希ちゃんが酔っ払うのを期待していた僕は自分を恥じた。ごめん、亜希ちゃん。


 やがて時刻は過ぎ、新年へのカウントダウンが点けっ放し状態のテレビから聞こえて来た。


 そして、遂に新しい年になった。


「明けましておめでとうございます」


 ほろ酔い加減の母と憲太郎さんはまたグラスをカチンと合わせて飲みを再開した。


 それを羨ましそうに見ている姉。よだれを垂らしそうだ。


「今年もよろしくね、武彦」


 亜希ちゃんはほんのり赤くなった色っぽいほっぺで言った。僕はドキッとしてしまい、


「よ、よろ、よろしくね」


 口が回らなくなってしまった。


「何だ、武、一滴も飲んでいないのに呂律が回らないのか?」


 姉がニヤニヤして言う。僕はムッとしたので、


「姉ちゃんこそ、涎が垂れてるよ」


「え?」


 身に覚えがあるのか、姉はビクッとして口の周りを拭った。


 母と憲太郎さんは酔いも手伝ってゲラゲラ笑ったので、姉はプウッとほっぺを膨らませて怒っていた。


 可愛いな、と思って見ていたら、亜希ちゃんに二の腕を思い切りつねられてしまった。


 やがて、姉の部屋に布団を敷くのを命じられ、姉と憲太郎さんは就寝した。


 僕は亜希ちゃんを家まで送って、


「今度は武彦の部屋に泊まりたいな」


 別れ際の亜希ちゃんのメガトン級の「お言葉」に心臓が壊れそうになった。


 そして、現在に至る。


 僕はシャキッとして起き上がり、着替えをすませ、階下したに行った。


 すでに憲太郎さんは朝食をすませていた。この人のだらしない姿って、絶対に見られないんだろうなと思ってしまう。


 僕は急いで食事をした。そうしないと、また姉に絡まれると思ったからだ。


 しばらくして、何年ぶりだろうか、家族揃って初詣に出かけた。


 途中、晴れ着を着た亜希ちゃんと合流した。可愛いよなあ。


「この先で姉貴達と落ち合う事になっているんだ」


 憲太郎さんが言うと、何故か姉がピクンとした。聞かされていないらしい。


 憲太郎さんはニコニコしている。好きだよね、こういうの。姉は何か言いたそうだが、我慢していた。


 憲太郎さんにしかできないドッキリだよな。


「明けましておめでとうございます」


 大通りの先で西郷隆さんとその奥さんで、憲太郎さんのお姉さんでもある沙久弥さんと合流した。


 亜希ちゃんの警戒レーダーが発動したのを感じ、僕は沙久弥さんより先に西郷さんに挨拶した。


「仲がいいねえ、二人は」


 西郷さんは他意なくそう言ったのだろうけど、


「あら、隆君、私も腕を組みましょうか?」


 目が笑っていない沙久弥さんが言ったので、西郷さんと僕だけではなく、姉までビクッとしてしまった。


「あはは、あ、ありがとう、沙っちゃん」


 西郷さんは顔が引きつっているようだった。


 


 やがて、目的地である神社に到着し、初詣をすませた。


 西郷さんはそのまま仕事だそうで、沙久弥さんは姉達のマンションに行くらしい。


 今度は姉の顔が引きつっていた。沙久弥さんとはもう普通に話せるんじゃなかったの、姉ちゃん?


 そして、母と僕と亜希ちゃん三人で、元来た道を戻る。


「二人共、今年は今までで一番大変な年になるけど、無理しないようにね」


 母が言った。僕はウルッと来てしまった。亜希ちゃんを見ると、同じように目を潤ませていた。


「はい、お義母かあさん」


 僕にはそう聞こえた。亜希ちゃんはそんなつもりはなかったかも知れないけど。


 頷いている母の目も潤んでいる。亜希ちゃんに「お義母さん」と呼ばれたからだろうか。


 ジンとした気持ちで家の前まで歩いて来ると、


「明けましておめでとう、武彦君」


 どこかから女の人に声をかけられた。途端に亜希ちゃんが腕に力を入れたが、相手を見てそれはすぐに緩んだ。


 声の主は沖永おきなが未子みこさん。


 姉の会社の一年先輩の人だ。そして、お兄さん大好きな人。


 僕はすぐに未子さんに母を紹介した。亜希ちゃんとは以前に顔見知りになっているから、二人は笑顔で会釈を交わした。


「美鈴がお世話になっています」


 母は頭を下げて言った。未子さんは苦笑いして、


「私もまだまだ新米なので、美鈴さんに追い越されそうです」


 そしてすぐに真顔になった。僕は何だろうと思い、未子さんを見る。


 母も未子さん様子に気づいたようだ。


「お時間ありますか? ちょっとお話したい事があるのですが」


 未子さんの言葉に僕は母と顔を見合わせた。


「ええ……。特に予定はありませんから。どういったご用件でしょうか?」


 母は不思議そうに尋ね返した。すると未子さんは、


「実は、磐神いわがみ未実(みみさんの事でお話したい事があるんです」


 僕と母は思ってもいない名前を出され、仰天してしまった。亜希ちゃんも同じらしい。


 未子さんと未実さん。接点がない気がするのだけど? 一体何だろうか?

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