その二百四十七
僕は磐神武彦。大学三年。それももうすぐ終わり、四年になる。
先日、義理のお姉さんである西郷沙久弥さんに頼まれてバイト先のコンビニに案内した。
バイト仲間で大学も同じ長須根美歌さんが沙久弥さんの合気道の道場の門下生で、一度来てくださいと言われていたそうだ。
沙久弥さんは完璧なイメージがあるが、実は方向音痴。
だから、僕に道案内を頼もうと思ったようだ。
気遣いの達人でもある沙久弥さんは僕の彼女の都坂亜希ちゃんに連絡してくれた。そのせいで、後で亜希ちゃんに電話したら、
「武彦は沙久弥さんに私の事をどんな風に話しているのかな?」
ちょっと怖いトーンで尋ねられた。
僕は笑って誤摩化すしかなかった。だって別に何も言ってないんだし……。
だから、翌日亜希ちゃんと顔を合わせるのが気まずかった。
「おはよう、武彦」
だが、そんな心配は取越苦労だった。
亜希ちゃんは笑顔全開で家の前で待っていてくれた。
「おはよう、亜希」
僕は少しだけ顔が引きつっていたかも知れない。
「ごめんね、武彦。お父さんがおかしな事訊いたりして」
亜希ちゃんは腕を組みながら言った。ああ、その事か。
「別におかしな事なんか訊かれてないよ」
僕は微笑み返して応じた。すると亜希ちゃんは、
「私の事、うるさいだろうとか言ったんでしょ? 武彦の事を自分と一緒にしないでよって言ったの」
そう言いながらも、嬉しそうなのはちょっと不思議な感じがする。
「そうなんだ」
うっかり意見めいた事を言うと、亜希ちゃんのご機嫌を損ねるので、相槌を打つだけに留めておく。
お父さんが亜希ちゃんに叱られている光景を思い浮かべ、少しだけお父さんに同情した。
大学に着くと、門のところで長須根さんが待っていた。
「おはようございます、先輩」
「おはよう」
僕と亜希ちゃんは声を揃えて挨拶を返した。
「昨日はありがとうございました。磐神先輩のお陰で、お友達が増えました」
長須根さんは嬉しそうだ。学部でも女子の友人はたくさんできたらしいが、大学以外には友人がほとんどいないので、コンビニで出会えた人達と友達になったらしい。
「東京には、友達が大学にしかいなかったので、嬉しかったです」
長須根さんはニコニコして話してくれた。地方から出て来ている人達って、そういうのが大変だよなあ。
僕にはとても無理だと思った。
「それで、御真津さんにもう一人紹介していただいたんです」
「もう一人?」
僕は何となく誰なのかわかった。亜希ちゃんもピンと来たようだ。
御真津可恵さんは、姉が勤めている会社の五年先輩。
同じ会社に、 沖永未子さんという人がいるのだ。
その人は、お兄さんが大好きな人で、長須根さんと話が合うと思ったのだろう。
「先輩もご存知の方ですよね。沖永未子さんなんですけど」
「うん、知ってるよ」
僕は亜希ちゃんと顔を見合わせてから応じた。長須根さんはますます嬉しそうな顔になって、
「その人、お兄さんが結婚して実家を出てしまって、寂しいと言ってました。私の兄は亡くなってしまったので、それでも羨ましかったです」
長須根さんはもうすっかりお兄さんの死を乗り越えているんだ。お兄ちゃん子の沖永さんと会わせるのはどうかなと思ったけど、そうでもないみたいだ。
「何だか、『妹会』とかいうのがあるらしくて、参加しないかって誘われました」
妹会……。フィギュア友人が聞いたら、喜びそうな会だな。あと、コンビニのバイトの元先輩の神谷さんも。
「武彦、興味津々ていう顔してるよ」
亜希ちゃんがクスクス笑いながら嫌な汗が出るような事を言う。
余裕の表情なのは「姉会」ではないからだろうか、などと邪推してしまう。
「私、いい機会だからと思って、参加してみる事にしたんですよ」
長須根さんはどんどん積極的な子になっていくな。彼氏の間島誠君、気が気じゃないかも。
「西郷先生、あ、いえ、沙久弥さんも『私も一応妹だから、参加しようかな』とおっしゃって、あと磯城津実羽さんも、参加するっておっしゃってました」
確かに沙久弥さんは四人のお姉さんがいる西郷隆さんと結婚したんだから、「義理の妹」ではあるな。
実羽さんまで参加するのか。すごい会だな。西郷シスターズの依里さんと詠美さんも妹だから、参加しそうな雰囲気だな。ますます怖い。
「行こうか、武彦」
亜希ちゃんは長須根さんに会釈していきなり僕を強く引っ張ると学部棟に向かって歩き出した。
「どうしたの、亜希?」
僕は呆気に取られている長須根さんにごめんと手で合図しながら尋ねた。
「だって、姉と妹の境界線て曖昧だから」
亜希ちゃんは沙久弥さんが参加すると聞いてムッとしてしまったようだ。
相変わらずだなあ。そこも可愛いんだけどね。
あれ? その理屈で言うと、僕の姉も「義理の妹」だから、参加資格があるのか?
怖い。怖過ぎる。弟会を早急に立ち上げないと危険かも知れない。
そしてまさか、その「妹会」がその後あんな形で僕らに関わって来るとは夢にも思わなかった。