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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学三年編
242/313

その二百四十一

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学三年。


 母の高校時代の同級生で、最近急接近中の日高ひだか建史たけふみさんの発言を巡り、あれこれと疑惑が浮上した。


 日高さんの次女の磯城津しきつ実羽みわさんは、僕のバイト先のコンビニのすぐそばに住んでいる。


 その実羽さんから頼まれて、日高さんの真意を問い質しに実羽さんのお宅にお邪魔した。


 そして、実羽さんのご主人である光彦さんと初めて会った。


 彦が付くので、何となく親近感が湧いた。


 日高さんは母と再婚したいらしいのだが、母にはそこまでの考えはない事がわかり、ホッとして帰宅すると、日高さんから電話をもらった母が仁王立ちで出迎えるというハプニングがあった。


 その場は何とか眠いフリをして切り抜けたのだが、翌朝も母はしっかり覚えていて、詰め寄られた。


「母さんこそ、僕や姉ちゃんの事をあれこれ話して、どういうつもりなのさ?」


 何としても切り抜けたかった僕は、逆に母を問い詰めるという荒技に出た。


 すると母は見る見るうちに意気消沈し、


「悪かったわよ……」


 口を尖らせながらも、引き下がった。ああいうところは、本当に姉と似ていると思った。


 僕は事なきを得て、いつもより早めに家を出た。


 彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんにはメールで伝えておいたので、亜希ちゃんも早めに支度をしてくれていた。


 あれ? どうした事か、亜希ちゃん、ご機嫌斜めっぽい顔をしている。


 腕組みをし、まさに昨夜の母と同じく、仁王立ちだ。


「武彦、橘さんから聞いたんだけど、昨日、夜遅く、女の人と歩いていたってホント?」


 橘さんとは大学の同級生のたちばな音子おとこさんの事だ。


 橘さんに実羽さんと歩いているのを見られたのか……。でも、まあ、それは大丈夫。


「それ、日高さんの娘さんの実羽さんだよ。亜希に言わなかったのは悪かったけど」


 僕は余裕の笑みで言った。すると亜希ちゃんはバツが悪そうな顔になった。


「そ、そうなの? 橘さんの話だと、凄く親密そうだったって……」


 亜希ちゃんは口を尖らせたままで言った。僕はそれでも笑顔を絶やさず、


「そんな事ないよ。実羽さんは結婚してるんだよ? 親密って、あり得ないよ」


「そ、そうね……」


 橘さんが少し話を盛ったのかも知れない。彼女があの近くに住んでいるのを忘れていた。


「僕からも橘さんに説明するよ。これからも、そういう事があるかも知れないから」


 僕は亜希ちゃんに昨夜の事情を話した。亜希ちゃんは目を丸くした。


「そうなんだ……。日高さん、本気なのね。でも、さすがおばさんね。最初に釘を刺すなんて」


 亜希ちゃんは母の対応が素晴らしいと絶賛してくれた。


「男はそんな事を言われたら、もう何も言えないだろうからね」


 僕も母の対応はうまいと思った。そして、今まさにその時だと思い、


「嬉しいな」


「え? 何が?」


 亜希ちゃんは火照った顔を手で扇いで冷ましながら僕を見る。


「だって、それってヤキモチだろ? それだけ亜希が僕の事を好きだって事だよね?」


 最近はこういう言葉を照れずに言えるようになった自分が怖い。


「もう、武彦の意地悪」


 そう言う亜希ちゃんは喜んで見えた。




 僕達は駅へと歩き出す。


 気がつくと、まさに紅葉のシーズンに突入していた。


 家の近所はあまり木が多い訳ではないけど、駅へと続く通り沿いに植えられている銀杏いちょうが黄色くなり、落ち葉が舗道を埋め尽くし始めている。


「寒くなったね」


 そう言って亜希ちゃんが寄り添って来た。


 服装が厚くなったので、例のあれは感じる事はないが、付き合うようになって長いのに、未だに緊張してしまう瞬間だ。


「そうだね」


 僕は今までなら顔を背けたままで応じていたが、亜希ちゃんの顔を覗き込んだ。


 すると、亜希ちゃんは僕のリアクションがいつもと違うので、驚いて目を見開いている。


 その仕草も可愛い。可愛過ぎだよ、亜希ちゃん! 大声で叫びたいくらいだ。


「どうしたの、いつもと違う……」


「こんな僕、嫌い?」


 真顔で尋ねるというまたしてもいつもとは違う対応。亜希ちゃんはまさしく目を白黒させている感じだ。


「そんな事ない。私はどんな武彦も大好きよ」


 亜希ちゃんにそう言われ、今度は僕の顔が火照った。


 他人から見れば、バカップルの見本みたいだろう。




 駅に着き、電車に乗る。乗客の数は変わらないのだが、皆が厚着になったので、以前より混雑しているように見えた。


 窓とドアのガラスが曇っているのも、寒くなった証拠だ。


 僕も亜希ちゃんも眼鏡をかけないけど、眼鏡をかけている人は大変だ。


 曇ったレンズを拭くが、またすぐに曇ってしまうようだ。


 曇り止めを付けないとダメらしい。


 まもなく、降車駅に着いた。ホームに降り立ったのとほぼ同じタイミングで、僕の携帯が鳴った。


 すぐに出ないと機嫌が悪くなるので、一瞬で判断がつくように他の人とは違う着メロを使っている。


 だから、誰なのか瞬時にわかった。僕は邪魔にならないところに移動し、通話を開始した。


「どうしたの、姉ちゃん?」


 そう、相手は我が姉の美鈴であった。


「須美雄さんから連絡があった。今度の日曜日に父さんの実家に集合して欲しいって」


 僕はビクッとした。須美雄さんとは、亡き父の兄である研二さんの長男。


 つまり、姉や僕とは従兄にあたる。


 先日、姉と母が須美雄さんと会い、こじれてしまっている父の実家との関係の修復をお任せしたのだ。


 どうやら、その結論が出るらしい。


「須美雄さんは、絶対にもう大丈夫って言ってたけど、あのお二人には会ってみないとわからないと思うんだ」


 いつもは楽観主義者の姉も、研二さんの奥さんの依子よりこさんと娘の未実(みみさんに関しては、慎重だ。


 それだけ「強敵」なのだ。


 今から心配になってしまった。

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