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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学三年編
237/313

その二百三十六

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学三年。


 いつも通り、彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんと通学。


 何事もなく、その日の講義は終わり、帰路に着いた。


「磐神君、教職取るんだ」


 同じ外国語クラスだった丹木葉にぎは泰史やすし君が声をかけて来た。


「うん。丹木葉君は福祉関係に進むんだね?」


 僕は彼が脇に抱えている本を見て言った。


「そう。ウチの家系、寝たきりの人が多いんだよ。父親の両親も、母親の両親も、皆大往生だったんだけど、最後は家族の顔もわからない状態だったんだ。だから、介護の仕事に就くつもりなんだ」


 丹木葉君は苦笑いしている。いや、重い話だから、そこはそんな表情にならないで欲しいんだけど。


 彼には歳の離れたお兄さんがいるので、ご両親はすでに六十代。


 だから、どちらの祖父母の事もほとんど覚えていないそうだ。


 そんな話を聞いたら、余計父方の祖父母達の事が心配になった。


 従兄の須美雄さんがうまく取り計らってくれるらしいけど、その間も祖父母達は針のむしろだろうからなあ。


「橘さんは?」


 亜希ちゃんが丹木葉君の彼女のたちばな音子おとこさんに尋ねた。


「私はどうしようか迷ってるの。ね?」


 橘さんは何故か恥ずかしそうに笑って、丹木葉君を見た。すると丹木葉君は、


「僕は大学を卒業したら、すぐにでも結婚したいと思っているんだ。だから……」


 顔を真っ赤にして衝撃のプランを語ってくれた。


「やだ、泰史、ここで言わないでよ」


 そう言いながらも、どことなく嬉しそうな橘さん。僕は思わず亜希ちゃんと顔を見合わせてしまった。


 橘さんは本当は就職したいらしいのだが、丹木葉君の一世一代のプロポーズを先週受けたのだそうだ。


 それで、心が揺れ動いているのだ。丹木葉君、いつの間にか僕より前を歩いていたなあ。


 駅に行く途中で二人と別れ、亜希ちゃんと歩き出す。


「驚いたね。丹木葉君、やる時はやるんだね」


 亜希ちゃんがそう言ったので、僕はギクッとしてしまった。


 先日、亜希ちゃんが妙に背伸びをした行動をとったので、


「だから、必ず結婚しようね」


 そう言ったのを思い出した。心臓がどんどん自分の意志に反して鼓動を速めていくのがわかる。


「どうしたの、武彦?」


 亜希ちゃんに顔を覗き込まれた。


「いや、その、丹木葉君がいつの間にか僕より前に行っていたなあと思って」


「武彦は武彦だから」


 亜希ちゃんはニコッとして、ギュッと腕を組んで来た。薄着じゃないからあまり感じなかったけど、でも亜希ちゃんの胸が腕に当たっているのはわかった。


 更に鼓動が速くなる。ああ、死んでしまいそうだ。

 

 もうまずいと思った時、亜希ちゃんが離れてくれた。


 改札を通り、僕達は手を振り合いながら、ホームを逆方向に歩いた。


 みんな、どんどん前に進んでいるよなあ。


 中学の同級生である須佐昇君は、既に父親だし。


 高校の同級生達も進路をしっかり決めて、着実に進んでいる。


 もちろん、僕も教員になると決めて進んでいるつもりだけど、何だか不安になる。


「おっと」


 そんな事を考えていたせいで、危うく駅を乗り越してしまいそうになった。


 慌てて降り、ホームの階段を駆け下りていると、携帯が鳴った。


 これは亜希ちゃんからだ。何だろう? このタイミングでかかって来る事なんてあまりない事だ。


「はい」


 息が弾んでいた僕は、妙に高いテンションで出てしまった。


 凄く嬉しそうに出たと思われたら、恥ずかしいな。


「武彦、何か忘れている事ない?」


 亜希ちゃんの話は意外だった。


「え? 忘れている事? 来週の日曜は別行動の日で、フィギュアを買いに行くのは言ったよね?」


 何の事だろうとあれこれ考えてみるが、思い出せない。


 しばらく考えていると、


「高校の同級生の天野小梅ちゃんが、美鈴さんを病院で見かけたらしいの。どこか具合が悪いんじゃないかって思ったんだけど、違う?」


「え?」


 姉が病院? 何かあったのだろうか? 何も聞いていない。


「で、電話してみるよ。ちょっとごめん」


 急に心配になり、亜希ちゃんとの通話を終え、すぐ姉にかけ直した。


 また鼓動が速くなっている。


「あ、武君?」


 背筋がゾッとする程の猫なで声で姉が出た。何の前触れだろう? 怖くなったので、


「姉ちゃんが病院に行ったって亜希ちゃんから聞いたから、どうしたのかと思って……」


 最後の方はシドロモドロになった。


「え? 亜希ちゃんから聞いたの?」


 姉は意外そうだ。僕は事情を説明した。


「そうか、あの子、亜希ちゃんの友達だったんだ。声に特徴があるから、誰かなって思ったんだけどさ」

 

 どうやら姉は、以前天野さんと会った事を覚えていないらしい。


 だから、如何にも思い出した風をよそおって、話を合わせたようだ。


 酷い話だ。


「話を戻すけど、どうして病院にいたの? 誰か具合が悪いの?」


 僕はまず憲太郎さんの心配をした。


「いやあ、誰も具合悪くないよ、武君」


 まだ「武君」て言ってる。亜希ちゃんの真似をしている様子はないから、余計不気味だ。


「ねえ、どうしたの? いつもと違うけど?」


 恐る恐る探りを入れてみた。すると、


「ごめん、武君! 悪気があった訳じゃないんだ! だから、許して!」


 突然謝られたので、もうこの世が終わると思ってしまった。


 姉が病院に行ったのは、妊娠を確認するためだったのだ。


 それで、確かに妊娠しているとわかり、憲太郎さんと母には連絡したらしいんだけど、僕だけ忘れていたのだそうだ。


 酷い……。天野さんの件より酷い……。僕は涙が出そうになったが、


「武くうん、許してよお。姉ちゃんが悪かったよお」


 アニメ声で謝る姉は謝罪の気持ちがあるのか疑わしかったが、バカバカしくなって許す事にした。


「ありがとう、武君。愛してるわ」


 最後に気持ち悪い事を言われ、一方的に通話を切られてしまった。


 まあ、いいか。亜希ちゃんが待っているから。僕はもう一度亜希ちゃんにかけた。


 そして、事情を説明し、


「姉ちゃん、酷いんだよ。僕にだけ教えてくれてなくてさ」


 できるだけ平静を装ったつもりだが、大丈夫だろうか?


「そうなんだ」


 心なしか、亜希ちゃんの声が怒っているように聞こえたのは自意識過剰だろう。


「私が妊娠した時は、もっと喜んでくれる?」


 衝撃の質問が返って来た。僕はもう少しで携帯を落としてしまうところだった。


「も、も、もちろんだよ」


 さっきより更に心拍数が早まっている。亜希ちゃんはクスクス笑っていたらしかったが、僕は生きた心地がしなかった。

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