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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学三年編
235/313

その二百三十四(姉)

 私は力丸美鈴。まだまだ新婚。


 夫の憲太郎君とは順調。


 時々、お呼ばれする憲太郎君のご両親とも何事もなくお付き合いさせていただいている。


 お義姉さんの沙久弥さん、そして沙久弥さんの嫁ぎ先の西郷家とも頻繁に交流している。


 そんな中、私の実家との行き来が少なくなっていた。


 愚弟の武彦は教員になるためにいよいよ本格的に勉強を始めたらしい。


 母は母で、仕事も忙しくなり、加えて高校の同級生の日高ひだか建史たけふみさんとも出かけているようだ。


 最初は面白くなかったが、母は再婚するつもりはないらしいので、まあいいかという気持ちになって来た。


 まだ、父の実家との完全な和解は成し遂げていないけれど、ほぼ順風満帆だ。


「早く孫の顔が見たいねえ」


 憲太郎君のお父さんの利通さんは、お酒が入るとそんな事を言い出す。


「隆久がいるだろ?」


 憲太郎君が沙久弥さんのお子さんの名前を言うと、


「隆久は隆久。力丸家の孫が待ち遠しいんだよ」


 お父さんは酔っ払うとしつこくなる。普段はとても礼儀にうるさい方だから、そのギャップに驚いてしまう。


「貴方」


 すると、場の空気がサッと変わるような一声が響く。


 憲太郎君のお母さんの香弥乃さんだ。いつもは口数が少なく、万事控え目なのだが、ここぞという時はバシッと決める。


「はい」


 憲太郎君が何を言っても聞かないお父さんが、お母さんの一言で引き下がり、


「申し訳ありません」


 土下座までする。お母さん、ある意味最強かも知れない。


「いつの時代の考え方ですか?」


 お母さんのお説教はいつもより長かった。


 お父さんは可哀想なくらい小さくなっていた。


 キッチンで一緒に洗い物をしている時、


「ごめんなさいね。あの人、沙久弥を取られたと思っているから」


 お母さんが苦笑いして囁いて来た。私は微笑み返して、


「いえ、気にしていませんから。私も早く欲しいんです。リオの五輪には親子で行きたいので」


 するとお母さんは嬉しそうな顔になった。


「そうね。でも、無理しないでね」


「はい。身体は頑丈ですから、大丈夫です」


 右腕の力こぶを見せると、お母さんは涙を浮かべて笑ってくれた。

 

 お父さんに心配されるまでもなく、私は産む気満々なのだ。


 甘い新婚生活を堪能したいとか、そんな悠長な事は考えていない。


 だから、憲太郎君にも頑張ってもらうために食事も考えている。


 できれば男の子。そして、できれば親子で五輪。それは難しいか。


 まあ、それは大袈裟だが、もう一つ気がかりな事があるのだ。


 愚弟の動向。


 あいつ、もしかすると大学卒業と同時に結婚しかねない。


 あいつと彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんの関係を見ていると、そんな気がするのだ。


 亜希ちゃんは本当に武彦の事が大好きだし、武彦も亜希ちゃんにメロメロだ。


 そうなると、私達より早く子供が生まれるかも知れないのだ。


 それは断固阻止したい。


「何考えてるの、美鈴は?」


 その話をしたら、憲太郎君に呆れられてしまった。


「別に武彦君達の方が先に子供ができても、構わないだろ?」


 憲太郎君は完全に私を白い目で見ていた。ああ、傷つく……。


「だって、あいつに先を越されるの、ものすごく癪なんだもん」


 口を尖らせて言うと、憲太郎君はそばに来て私をギュッと抱きしめてくれた。


「わかったよ。僕も頑張らないとね」


 ちょっとだけ恥ずかしそうに言う彼に惚れ直してしまった。


「うん……」


 私も気恥ずかしくなり、俯いた。


 私が焦っている理由はもう一つある。


 親友の美智子。


 彼女は私より三か月早く結婚した。


 ご主人のお父様が亡くなるという苦難を乗り越え、今ではお義母様と一緒に住んでいるのだが、すでに妊娠しており、年内に出産の予定らしい。


 美智子と競争するつもりはないが、彼女達の子と私達の子を同級生にして、親友になってもらうのが夢なのだ。


 だから、どうしても、今年度中に出産するつもりでいる。


「もう月数が足りないから、それは難しいよ」


 憲太郎君に冷静に分析されてしまった。


「そうだね……」


 私もテンションが一気に下がってしまい、項垂れた。そこでハタと気づいた。


「あれ、そう言えば……」


 思い起こしてみると、来ていないような気がする。


 思い違いかも知れないけど、もしかすると……。


 


 次の日、私は母が私と武彦を産んでくれた病院に出勤前に寄った。


「あの赤ちゃんがこんなに大きくなって」


 当時を知る看護師さんと先生がいて、ちょっと照れてしまった。


「どうも……」


 先生は女医さんなので、診察には抵抗がなく、ホッとした。


「おめでとう。妊娠しているわ」


 先生に笑顔で告げられ、私は泣いてしまった。そして、一頻ひとしきり泣いてから、憲太郎君に電話した。


「そうか」


 憲太郎君はそれだけ言うとしばらく絶句していた。


 多分泣いていたのだろうが、追求しても否定するだろう。


 そして次は、母に電話した。ちょうど仕事に一区切りついた時だったらしく、ワンコールで出た。


「何があったのかと思ってドキッとしたわ。おめでとう、美鈴」


「ありがとう、母さん」


 そして、お互い仕事中だったので、すぐに電話を切り、病院を出た。


 


 仕事帰りに香弥乃さんから電話が入った。憲太郎君が知らせたらしい。


「おめでとう、美鈴さん。安定期に入るまで、気をつけないとね」


「ありがとうございます、お義母さん」


 その次はお義父さんから電話があった。


 そして、改めて酔いに任せてしつこく孫を催促した事を詫びられた。


「ありがとう、美鈴さん」


 お礼まで言われてしまった。涙が込み上げてしまった。


 更に沙久弥さんからも電話がかかって来た。


「おめでとう、美鈴さん。そして、ありがとう」


 沙久弥さんにもお礼を言われてしまった。沙久弥さんは香弥乃さんからいろいろ聞いていたらしい。


「父が失礼な事ばかり言っていた事を聞いていたから、心配していたのよ」


 沙久弥さんも泣いているようだ。本当に優しいお義姉さんだな。


「ありがとうございます、お義姉さん」


 私は電話なのに深々とお辞儀をした。


 


 マンションに帰ると、憲太郎君が先に帰っていて、お祝いのケーキを買ってくれていた。


 嬉しくて、また泣いてしまう。


「お義父さんもお義母さんも沙久弥さんも、喜んでくださって……」


 私が泣きながら言うと、


「武彦君は何て言ってた?」


 憲太郎君が微笑んで言ったのを聞き、私は蒼ざめた。


「武彦には伝えてない……」


 憲太郎君が半目になった。またあいつ、拗ねちゃうかな……。


 失敗したなあ……。

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