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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学三年編
232/313

その二百三十一

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学三年。


 幼馴染みで彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんとは順調。


 バイトも順調。


 結婚した姉ともそこそこ順調。


 ところが、母とはあまり順調ではない事がわかった。


 昨日、バイト先のコンビニに、母の高校時代の同級生で、現在頻繁に会っているらしい日高ひだか建史たけふみさんの侍女の実羽さんが娘さんの皆実みなみちゃんがやって来た。


「みなみをおよめさんにしてほしいの」


 おませな皆実ちゃんのその言葉も僕を動揺させたが、


「だって、ジイジもおよめさんをもらうんだよ」


 その言葉にはもっと驚いた。ジイジというのは、母が頻繁に会っている日高さんの事だったから。


「ごめんなさいね、武彦君、皆実の言う事なんか、気にしないでね」


 実羽さんはそう言ったが、何故か酷く慌てて見えた。だから余計に皆実ちゃんの言葉が気になってしまった。


 日高さんがお嫁さんをもらう? もしかして、母とそんなところにまで話が進んでしまっているのだろうか?


 でも、毎日顔を合わせているのにそういう話は一言も聞いていない。


 どういう事なのだろう? 皆実ちゃんが何かを勘違いしたのだろうか?


 それとも、考えたくない事なのだが、日高さんが二股をかけていて、別の人と結婚するのだろうか?


 考えれば考える程怖くなり、僕は店長に具合が悪いと嘘を吐き、早退した。


 それほど皆実ちゃんの話は衝撃的だった。


「先輩、無理しないでくださいね」


 あとから来た後輩の長須根ながすね美歌みかさんが気遣ってくれた。


「ありがとう」


 僕は体調は悪くなかったが、精神的なダメージが大き過ぎて、顔色が悪かったようだ。


 駅で電車を待ちながら、姉には伝えた方がいいのか、迷った。


 まだ真相がわからないのにそんな話をしたら、只でさえ頭に血が上り易い姉だから、いきなり母に電話をして問い質してしまうかも知れない。


 はっきりするまで、言わない方がいいと結論づけ、ホームに入って来た電車に乗り込んだ。


 ところが、そんな僕の判断を無にする事が起こった。


 家へと歩いている時、姉から電話がかかって来たのだ。


 携帯の画面に出た「力丸美鈴」の名前を見た時、冗談ではなく心臓が止まるかと思った。


 何故姉はこれ程勘が鋭いのかと震えてしまった。


 出ない訳にはいかないので、通話を開始する。


「武、大丈夫か? もう帰り着いたのか?」


 姉の声は怒ってはいなかった。長須根さんは事情を知らないし、店長も知らないのだから当たり前だが、姉はたまたまコンビニに立ち寄り、僕が早退したのを知って心配して電話を寄越したのだ。


「もうすぐ家だよ。でも、大丈夫だから。ありがとう、姉ちゃん」


 すると更に姉の動物的勘が冴え渡った。


「何があったんだ? 説明しろ」


 僕が重症ではないとわかった途端、姉の口調が変わった。


「え?」


 言葉に詰まってしまった。すると姉は、


「お前の事だから、本当に具合が悪くても、早退けなんかしないだろ? 何かあったんだな?」


 名探偵もびっくりな分析力を披露した。更に心臓に負担がかかる。


「店長さんに聞いたんだよ。実羽さんが来ていたんだろう?」


 うわ。そこが伝わってしまったのか。実羽さんはコンビニの常連だから、店長とも顔見知りなんだよね。


 下手な嘘を吐いて言い繕う事ができないのはわかっている。


 だが、それでも、事情を正直に話すのは躊躇ためらわれた。


「武!」


 言い淀んでいる僕に姉が怒鳴った。イライラしているのがわかった。どうしよう?


「お前が話さないのなら、実羽さんに直接訊くぞ」


 姉はとうとう最終兵器を投入して来た。それはまずい。それは避けないと。


 僕は意を決して、何があったのか、全部話した。


 すると姉はしばらく反応しなかった。いくら直情的でも、これだけの情報では判断がつきかねているのだろうか?


「まさか、日高さん、母さんを見限って、他の人と結婚するのか?」


 僕と同じ発想をした姉に少しだけホッとしてしまった。


「憲太郎に話して、私も家に行くから。あんたは私が行くまで、母さんには何も言わないでよ」


「うん」


 いや、問い質しておけと言われても、僕は何も訊く事はできないだろう。


 母が姉より遅くなるのを祈りたくなった。


 


 だが、そんな願いはあっさり破られた。


 今日は母は早番だったので、七時には帰って来た。


「どうしたの、武彦? 具合が悪いの?」


 僕がいる事に気づいた母が部屋のドアの前まで来た。


「もう大丈夫だよ」


「そう? 実羽さんから電話があって、武彦が顔色が悪かったからって聞いて」


「え?」


 実羽さんが母に電話? 何を話したのだろう? もしかして皆実ちゃんの話?


 ううう。本日三度目の心臓への負担が……。


 


 僕は母から実羽さんの話を聞き、胸を撫で下ろした。


建君たけくん、あ、日高さんがね、皆実ちゃんがいる前でかなり酔ったらしいの。その時、皆実ちゃんが『みなみはね、たけくんのおよめさんにしてもらうの』って言ったらしいのよ。そしたら、日高さん、自分の事を言われたと勘違いして、『ジイジは皆実をお嫁さんにできないよ』って言ったらしいの。それを皆実ちゃんが、ジイジはお嫁さんをもらうって思い違いしたようなのよ」


 母は涙を浮かべて笑いながら説明してくれた。


「そうなんだ」


 やっぱり、皆実ちゃんの勘違いだった。本当にホッとした。


「でも、母さん、嬉しいな。武彦が顔色が悪くなったのは、母さんが日高さんと結婚すると思ったからなんでしょ?」


 母が笑顔で問い詰めて来たので、僕はすごく恥ずかしかったが、


「うん……」


 そう応じるしかなかった。


「そんなに武彦に気にかけてもらえて、母さん、幸せよ」


 母も照れ臭そうだった。


 


 それからしばらくして深刻な顔で訪れた姉にも、母と僕で事情を説明した。


「もう、驚かさないでよ、バカ武!」


 結局、姉は僕のせいにして頭をポカっと叩いた。何だよ、もう!


 その日はもう遅かったので、姉もそのまま泊まる事になった。


「武君、久しぶりに一緒にお風呂入ろうか?」


 母としばらくぶりの晩酌をして上機嫌な姉が言った。


「や、やだよ!」


 僕は顔が熱くなるのを感じて、キッチンを飛び出した。


 階段を駆け上がり、部屋に入ってベッドに仰向けになる。


 あれ? 何か違うぞ。何だ? その時、僕はとんでもない事に気づいた。


 皆実ちゃんは、


「だって、ジイジもおよめさんをもらうんだよ」


 そう言っていた。日高さんが先にそういう話をしていたはずなのだ。


 いくら皆実ちゃんが小さくても、そこまで話を取り違えるとは思えない。


 まだ真相には辿り着いていないのだろうか?


 眠れなくなりそうな予感がした。

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