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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学三年編
231/313

その二百三十

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学三年。


 先日、彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんんが、母と外で会ったそうだ。


 亜希ちゃんは僕が教職を考え始めたのを自分がけしかけてしまったからだと思っていたらしい。


 母はその誤解を解くためにいろいろ話したという。


 何だか、亜希ちゃんに聞かれたくなかったような事まで話してしまったようで、ちょっと恥ずかしい。


「母さんは、武彦には先生になって欲しくないのよ。それだけはわかって」


 また出かける時に母に涙目で念を押されてしまったので、僕はすっかり考え込んでしまった。


「おはよう、武彦」


 今日は亜希ちゃんとは別行動の日ではないが、従兄の忍さんと奥さんになった元義理の妹の真弥まみさんの子供を見に行く事になっているらしい。


 ちょうど出かけるところに出くわしたのだ。


「ごめんなさいね、武彦君、亜希を取っちゃって」


 お母さんの瑠美子さんが言う。そんな風に言われると照れ臭い。


「いえ、そんな」


 苦笑いして応じると、お父さんの孝彬たかあきさんが、


「そんなに遅くならないから、帰って来たらどこかに出かければいいよ、武彦君」


 すると亜希ちゃんが、


「武彦はこれからアルバイトなんだから、私達が帰って来る頃は仕事中よ、お父さん」


 呆れ顔で言った。お父さんは頭を掻いて、


「そうだったな。引き止めて悪かったね、武彦君」


「いえ、気にしないでください。行ってらっしゃい」


 僕はご両親に会釈し、亜希ちゃんに手を振って、駅へと向かった。


 忍さんと真弥さんの赤ちゃんか。六月に生まれたのだから、まだ小さいのだろうな。


 そんな事を考えるうちに、つい亜希ちゃんとの子供の事を連想してしまい、恥ずかしくなった。


 女の子は父親に似ると言われているから、僕に似たら可哀想だなどとバカな妄想をしてしまう。


「武彦に似ても可愛いよ」


 亜希ちゃんは以前そう言ってくれたが、でもやっぱり亜希ちゃんに似て欲しい。


 姉は父には似ていず、母にそっくりなのだから、そういうケースもある訳だし。


 姉の気の強さと暴力的なところは一体誰に似たのだろうと思ったものだが、最近、母は実は気が強くて怖いとわかって来たので、姉は完全に母似だと理解している。


 妙な事に囚われていたので、いつの間にかコンビニに着いていた。


「おはようございます」


 事務室に入ると、一年先輩の神谷かみや伊都男いつおさんがスーツ姿で立っていた。


「おう、おはよう、磐神君」


 神谷さんはにこやかだ。就職が決まったのだろうか?


「あれ、今日は面接だったのでは?」


 僕は疑問に思って尋ねた。すると神谷さんは、


「これからなんだよ。だから、店長に人生の先輩としてのアドバイスをいただいていたところさ」


「なるほど」


 このコンビニは、フランチャイズとオーナー店がある。


 店長はオーナー店の店長だ。だから、売上や仕入れで本部に縛られる事がほとんどない。


 目標の売上げは提示があるが、あくまで目標であり、ノルマではない。


 そうなるためには、フランチャイズの時に実績を挙げないとダメなのだ。


 だから、店長は同時に経営者であり、面接を数え切れない程こなして来たプロなのだ。


 神谷さんはさすがにそういうところは天才的に世渡り上手だと思ってしまった。


「磐神君も、店長に教えを請うた方がいいよ。おかしな本や大学の職員より頼りになるから」


 神谷さんは僕に顔を寄せて真顔で囁いた。


「はい」


 僕もそれには同意なので、真顔で応じた。


 いつもはチャランポランな感じの神谷さんだが、今日は頼れる先輩に見えた。


 一頻ひとしきり、神谷さんは喋りまくって、やがて面接の時間に間に合わなくなると大慌てで出て行った。


 大丈夫なのだろうか?


 僕は早速届いた賞品の配列とフェイスアップ(引っ込んだ商品を最前列まで引き出す事)をした。


「お久しぶりね、武彦君」


 そこへしばらくぶりに母の高校の同級生で、今は結婚するのではないかと心配な日高ひだか建史たけふみさんの次女の実羽さんが、娘さんの皆実ちゃんと来店した。


「お久しぶりです、実羽さん」


 皆実ちゃんは確か三歳になったはずだ。一段とお母さんに似て来て、もう美人と言ってもいい顔立ちをしている。


「こんにちは、たけくん」


 皆実ちゃんはニコニコしてお辞儀までしてくれた。


「こんにちは、皆実ちゃん」


 僕は目の高さを合わせるために腰を下ろした。


「あのね、あのね、みなみ、たけくんにおねがいがあるの」


 皆実ちゃんはニコニコしたままで僕に近づいて来て耳元で囁いた。こそばゆい。


「こら、皆実、お兄ちゃんはお仕事中なんだから、邪魔しちゃダメよ」


 商品を買い物かごに入れていた実羽さんが振り返ってたしなめた。


「何、皆実ちゃん?」


 僕も微笑んで尋ねた。すると皆実ちゃんはモジモジしながら、


「みなみをおよめさんにしてほしいの」


「え?」


 驚いてしまった。僕は何故か小さい子に懐かれる傾向がある。


 姉の義理のお姉さんである沙久弥さんの義理のお姉さんの恵さんの長女の莉子りこちゃんと次女の真子ちゃんにも過剰な程懐かれている。


 近所の小さい子にも何故か人気者になっているようだ。


「お前は年齢が近く見えるんだよ」


 姉にはそんな風に言われた……。そうなのかも知れない。


「ええっと、どうして?」


 僕はあまりにも意外な展開に動揺してしまい、おかしな質問をしてしまった。


「だって、ジイジもおよめさんをもらうんだよ」


「え?」


 ギョッとした。ジイジって、日高さんの事だ。およめさんて……?


「皆実、バカな事を言わないでよ。ジイジはお嫁さんなんかもらわないわよ」


 実羽さんは酷く慌てていた。何だろう?


「ごめんなさいね、武彦君、皆実の言う事なんか、気にしないでね」


 実羽さんは会計をすませると、駄々をこねる皆実ちゃんを引き摺るようにして、店を出て行ってしまった。


 どういう事? 余計に気になった。

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