その二十二(姉)
私は磐神美鈴。大学三年。彼氏あり、同学年。すでに婚約済み(ムフ)。
そしてヘタレな弟あり。これが実に厄介者だ。
人生順風満帆、という感じの私。何も問題なしと思いたいのだが、愚弟武彦が気になる。
あいつ、本当に大丈夫なのだろうか?
そんな事を考えながら街を歩いていると、
「お姉さん」
と声をかけられた。
え? 誰? などとボケる事もない。私を「お姉さん」などと呼ぶのは、この世で只一人。
「あら、亜希ちゃん。久しぶりね」
「今日は」
そう、愚弟には過ぎたる彼女、都坂亜希ちゃんだ。
ホント、彼女は武彦のどこがいいのか……。
美人で聡明で、その上性格が良く、高校では人気ナンバーワンの子なのに。
私と同じで、変わり者? そんな事ないか。
「今日はお一人なんですね」
「貴女もそうみたいね」
互いにぎこちなく微笑み合う。まだ「小姑」になったつもりはないのだが。
でも、亜希ちゃんは私の事を良く知っているから、私が怖いのかも知れない。
「あの、どこかでお茶しませんか? こんな機会、滅多にないでしょうから」
「そ、そうね」
何で私がビビるのよ!? オタオタしている自分にイラつく。
私達は、近くにあった喫茶店に入った。
「今日はどうしたの? あのバカ、また追試?」
私は注文をすませると、わずかしかない共通の話題である愚弟の事を持ち出した。
「まさか。まだ新学期が始まったばかりですよ、お姉さん」
亜希ちゃんはニコッとして応じた。
「それもそうね。あいつ、どうしてるの?」
「珍しく、友達と出かけてます。私は置いてきぼりです」
そう言いながらも、亜希ちゃんは全然怒っている様子がない。
もし、私の彼であるリッキーが私を置いて友達と出かけたら、つけてしまいそう。
我ながら情けない。
「たまには離れて行動しようって、私が提案したんです。だから、寂しいけど我慢してます」
ああ、何て健気な……。リッキーに聞かれたら、亜希ちゃんに乗り換えられそうだ。
「それで、私も誰かを誘って出かけようと思ったんですけど、女子達はみんな冷たくて、彼優先なんですよ」
それが普通よ、亜希ちゃん。貴女は多分、武彦が絶対に自分を裏切らないって信じているから、解放する余裕が持てるのよ。
一般女子には、そんな器量はないかもね。私も自信がない。
「お姉さんこそ、どうして今日は憲太郎さんと別行動なんですか?」
う。その事に触れて来ますか、亜希ちゃん。
そこに注文したコーヒーと紅茶をウエイトレスが持って来た。
「あ、ごめんなさい。立ち入った事を訊いてしまいましたか?」
亜希ちゃんは瞬時に私の顔色を読んだようだ。
私は慌てて否定する。
「別に何かあった訳じゃないから、気にしないで。今日は彼、試合なのよ」
「応援に行かないんですか?」
亜希ちゃんは当然の事を尋ねて来る。私はコーヒーカップを持ち、
「九州までは行けないかな?」
と答えてから一口飲む。
「そうなんですか」
ああ、でも可愛いな、この子。こんな子なら、仲良くやって行けそう。
だーかーら、まだ小姑になるのは早いっつうの!
つくづく愚弟には勿体ない。亜希ちゃんは紅茶を一口飲み、
「でも、少しだけ安心しました」
「えっ?」
突然謎の言葉を発する亜希ちゃん。何の事?
「武君、お姉さんには何も言わずに出かけたんですね」
「ああ、そう言えば……」
朝、顔を合わせたのに、あいつ何も言わなかったな。
それをどうして亜希ちゃんが安心するの?
「武君たら、何でもお姉さんに報告している自分が情けないって、この前嘆いていたんです」
「そうなの」
そんな事で嘆くなよ。こっちが情けなくなる。
「だから、今度はお姉さんには何も言わずに出かけてみたらって……」
そこまで言って、亜希ちゃんは「あっ」と小さく叫び、
「ご、ごめんなさい、武君に変な事をけしかけてしまって」
「ううん、いいのよ。気にしないで。私も最近、あいつにはうんざりしてるんだから」
私がそう言うと、亜希ちゃんはクスッと笑い、
「ホントですか?」
と面白そうに言う。うう。信じてないな!
「ホントよ。どうしてあいつ、一人で決められないのかなって、前から不安だったのよ。亜希ちゃんがビシビシしごいてよ」
「無理ですよ」
亜希ちゃんは嬉しそうに首を横に振る。
「それはお姉さんがして下さい。私には荷が重いです」
「そう?」
私もニヤニヤしてしまった。
何だかんだ言って、私と亜希ちゃんの話題は武彦の事しかないんだなと思うと、おかしくなってしまった。
「これからも宜しくお願いします、お姉さん」
「こちらこそ」
礼儀正しい子だ。武彦も見倣って欲しい。
「それから」
亜希ちゃんは悪戯っぽく笑い、
「『お姉さん』をいっぱい言いましたけど、気になりませんでしたか?」
そうか、意識的に言っていたのか。前は「美鈴さん」も混ざっていたもんな。
試されていたのか、私は?
「全然。こんな可愛い妹にそう呼ばれるの、とってもいい気分よ」
亜希ちゃんは真っ赤になった。あら、可愛い事。
「そんな、妹だなんて、まだ私と武君は結婚するかどうかわかりませんよ」
「あら、亜希ちゃんはそのつもりはないの?」
つい、意地悪く訊いてしまう。
「私は、そうなりたいですけど……」
亜希ちゃんは火照る顔を扇ぎながら言う。
「なら何も問題ない。あいつには亜希ちゃんを拒否する権利はないから」
私が力強く宣言すると、亜希ちゃんはクスクス笑った。
私達はしばらく武彦の話題で盛り上がって、喫茶店を出た。支払いは私がした。亜希ちゃんは自分の分を出そうとしたけど、
「それは次にして」
と押し切ったのだ。
何か、勝てないなあ。もう、武彦は私から離れて行くのだろうな。
良かったな、武彦、いい子がそばにいて。
あんないい子、二度と巡り会えないから、絶対に逃がすんじゃないぞ。
逃がしたりしたら、姉ちゃんが許さないからな。