その二百二十三
僕は磐神武彦。大学三年。
先日、姉の結婚式で、父方の祖父母が突然欠席するというアクシデントがあった。
後にそれは、僕達の伯父さんに当たる研二さんの奥さんである依子さんの意地悪が原因だとわかった。
そのせいで姉は父方の実家との関係修復を断念しかけた。
ところが、そんな時、希望が見出せた。
伯父さんの長男、すなわち、僕らにとっては従兄に当たる須美雄さんの存在。
須美雄さんは、昔から亡き父の家族との断絶を憂えていたそうだ。
母の親友である塚沢紀美子さんの尽力で、須美雄さんの連絡先がわかり、姉と母で会いに行った。
何故か二人はその時の状況を詳しく話してくれないのだが、とにかく両家の関係改善は、須美雄さんに一任したらしい。
「うまくいくといいね」
僕の彼女の都坂亜希ちゃんは、全ての事情を知っているので、ずっと心配してくれていた。
須美雄さんの事を話すと、そう言ってくれたのだ。
「姉ちゃんが任せるって言っているくらいだから、須美雄さんは頼れる人なんだと思うよ」
真相を知らない僕は亜希ちゃんにそう説明した。
「そうだね」
亜希ちゃんは微笑んだ。何だか、今日は一段と彼女の笑顔を眩しく感じている。
何故かと言うと、久しぶりのプールデートだからだ。
大学に入ってから、何かと忙しく、その上バイトも以前より遠くになったので、なかなかそういう機会に恵まれなかったのだ。
「武彦、嬉しそうね」
亜希ちゃんが待ち合わせ場所であるコンビニに着くなり言った。ギクッとしてしまう。
今日はダブルデートなのだ。
経済学部の長須根美歌さんと彼の間島誠君も来るのだ。
亜希ちゃんの言いたい事は察しがついた。
長須根さんは、巨乳が自慢の長石姫子さんや、我が姉にも参ったと言わせた程の超巨乳だからだ。
でも、今回のダブルデートの提案をしたのは、僕ではなく、間島君なのだ。
だから、亜希ちゃんの推理は当たっていない。
とは言え、そんな事を指摘しても、気まずくなるだけなので、僕は違う返しをした。
「うん。亜希のビキニ姿、早く見たいよ」
その言葉に亜希ちゃんの顔が赤くなった。
実は、中学時代の同級生であり、今でも交流がある須佐君を通じて、彼の奥さんになった櫛名田姫乃さんに、
「亜希は磐神君のためにビキニを新調したみたいだから、たくさん褒めてあげてね」
アドバイスをもらっていたのだ。亜希ちゃんはそれを知らないので、びっくりしていた。
「あれ、武彦に言ったっけ、水着を買ったの?」
亜希ちゃんは混乱していた。ここで惚けると姫乃さんに申し訳ないので、
「うん、聞いたよ」
うまく誤摩化した。
「あれえ、そうだっけ?」
亜希ちゃんは首を傾げながら自分の記憶を一生懸命辿り直していた。
その仕草、可愛過ぎるよ、亜希ちゃん。
「遅くなって申し訳ありません、先輩」
そう言って、長須根さんと間島君が現れた。
「いや、僕らも今来たところだから、遅くはないよ」
僕は亜希ちゃんと微笑み合ってから言った。
そして、そこからすぐの場所にある遊園地に隣接したプールに行った。
高校生の時は市民プールで我慢したが、バイトでの稼ぎもアップしたし、大人の雰囲気も味わいたいので、場所を変えたのだ。
間島君の要望でもあった。アパートの近くのプールの方が便利なのだが、そこだと地元の同級生がたくさんいるので、嫌なのだそうだ。
それは僕もよくわかった。
「都坂先輩の水着は、どういうのですか?」
長須根さんが小声で尋ねるのが聞こえた。亜希ちゃんの顔が引きつったのがわかった。
「思い切って、ビキニにしたの。あと何年かで着られなくなるでしょ?」
亜希ちゃんはチラチラと歩くたびに揺れる長須根さんの胸を見ながら言った。
「そうなんですか。私も去年はビキニだったのですけど、途中で取れてしまったので、今年はやめにしました」
長須根さんは顔を赤らめて言った。僕は思わず間島君を見た。
「サイズが合わなくて、切れちゃったらしいんです。結構な数の店を回ったんですけど、美歌に合うのがなくて……」
間島君は僕にだけ聞こえるように教えてくれた。その理由にドキドキしてしまった。
長須根さんは、胸は大きいけど、身長は小さいから、ピッタリのものがなかったらしい。
「武彦、何よ、そのがっかりした顔は?」
亜希ちゃんに突っ込まれた。そんな顔してたかな? 嫌な汗が出る。
「磐神先輩の前でそんな事になったりしたら、恥ずかし過ぎますから」
優しい長須根さんは僕を気遣ってくれたみたいだけど、そんなつもりはなかったので、苦笑いするしかない。
そんな会話をしているうちにプールに着いた。
更衣室前で男女に分かれて奥へと進む。
「ホント、びっくりしましたよ、あの時は」
間島君は深刻そうな顔で話し始めた。
長須根さんがプールから上がった時、ヒモがプチンと切れたそうだ。
手を貸していた間島君は慌てて落ちる水着を押さえた。
結果的に彼は長須根さんの両胸を思いっき掴んでしまったのだが、長須根さんはその事に関しては何も言わなかったらしい。
「ありがとう、間島君」
真っ赤な顔でお礼を言ってくれたそうだ。
「あの日はそれから何があったのか、全然覚えていませんでした。気がついたら、美歌を送ってアパートへと歩いていたんです」
「そうなんだ」
僕もそんな事になったりしたら、記憶が飛ぶだろうな。
「遅いよ、二人共!」
更衣室を出ていくと、亜希ちゃんと長須根さんが待っていた。
長須根さんはビキニではなく、チェリーピンクのセパレートだ。
それでも、せり出すようなその胸は周囲の男達の視線を釘付けにするに十分だ。
少し恥ずかしいのか、白のビーチパーカーと水着と同じ色のパレオを纏ってる。
「うわ、都坂先輩、大胆ですね……」
間島君が目を見張ったのは当然だ。普段は露出の多い服を全く着ない亜希ちゃんが着ていたのは、ビキニ。
ターコイズブルーのビキニは亜希ちゃんの白い肌と強烈なコントラストで、元エーススプリンターの太腿が同色のパレオで隠されているのが残念だ。
ああ、そんな事を考えていると、また「脚フェチ」だとか言われてしまう。
「恥ずかしいから、あまり見ないでね、間島君」
亜希ちゃんは照れ臭そうだ。間島君は、僕と同じシスコン。三つ違いのお姉さんがいる。
だから、亜希ちゃんも憧れの存在なのだとか。心配はしていないけど、長須根さんを褒めないで、亜希ちゃんを褒めるのはまずいと思う。
僕達はその日十分にプールデートを満喫した。
周囲の羨望の眼差しも何のそのだった。
ダブルデートって、卑屈にならずにすむから、これからも多用しようかな。
そんな事を思いながら、長須根さん達と別れて駅へと歩いていると、
「今度は二人っきりで行きたいな」
亜希ちゃんが腕を絡ませて甘えるような声で囁いた。ゾクゾクッとしてしまう。
「長須根さんの胸、今日初めて直に見たんだけど、もう完敗って感じ」
亜希ちゃんは凄い事をサラッと言っているのに気づいていないのだろうか?
僕はもう少しで想像してしまうところだった。
「亜希のビキニ、凄かったよ。もう周りの視線がうるさくて、邪魔なくらい」
僕は澱みなく言った。亜希ちゃんは照れ臭そうだ。
「違うよ、それはきっと長須根さんを見てたんだよ」
そういう謙虚なところも可愛い。だから好きだ。
そして、亜希ちゃんの家の前でお休みのキスをして帰宅した。
すると、まるでどこかで見ていたかのように姉から電話がかかって来た。
「こらあ、武! 姉ちゃんに内緒でプールに行くとは、いい度胸だ! 今度会ったらぶっ飛ばす!」
理不尽全開の脅しをかけてきた。もう溜息しか出ない。ていうか、どうしてダブルデートを知っているのだろう?
「コンビニに寄ったら、今日は休みだって聞いたんだよ! 神谷さんて人が全部教えてくれた」
ああ……。一年先輩の神谷伊都男さん。何て事を……。
そして僕は、強制的に姉とのダブルデートを約束させられた。
これって喜ぶべき事なのかな?