その二百二十二(姉)
私は力丸美鈴。先月の十五日、私の二十四回目の誕生日に結婚式を挙げた。
たくさんの恩ある方々にご出席いただいて、凄く嬉しかったのだが、父方の祖父母が出席してくれなかったのが、残念だった。
式の翌日、母からの連絡で事情を知った。
原因は、父の兄、すなわち、伯父さんの奥さんの依子さんだと知った。
依子さんが、祖父母を同じ系列の別の式場に連れて行くという信じられない意地悪をしたのだ。
祖父母は実家に来て、母方の祖父母と母、そして愚弟の武彦の前で土下座したそうだ。
私はあまりにも悲しくて、もうこれ以上父の実家と関係したくなくなってしまった。
「ごめんね、美鈴。僕が関係修復を言ったせいで、美鈴に余計つらい思いをさせてしまって」
私の夫となった憲太郎君が詫びてくれたが、
「それは関係ないよ。憲太郎は、良かれと思って言ってくれたんだもん」
私は彼の思いやりの深さに感動して泣いてしまった。
そして、そこまで思いやってくれた憲太郎君の心に報いるためにも、私は父の実家との関係を完全修復しようと思いを新たにした。
それでも、冷却期間が必要だろうと考え、しばらくは連絡を取らない事にした。
母方の祖父である綿積直樹が少し興奮気味なのも一因だ。
祖父は自分と母との確執に拘り、父の実家との関係を蔑ろにしてしまった自分自身にも腹が立っているようなのだ。
そして、月が変わり、そろそろ何か切っ掛けになる事はないかと、引っ越してしまっていた父の実家の住所を教えてくれた母の親友でもある塚沢紀美子さんに連絡を取ってみた。
紀美子さんは今住んでいるのが広島県なので、結婚式には出席していただけなかったが、父の実家との確執がまだ続いているのは、同級生を通じて知っていた。
「一つだけ、試してみる方法があるわよ、美鈴さん」
塚沢さんが教えてくれたのは、伯父さんと依子さんの長男の須美雄さんの存在。
現在は結婚して、神奈川県に住んでいるらしい。
「須美雄君はね、お父さんより、むしろ叔父さんである尊君に性格が似ているのよ。正義感が強くてね」
「そうなんですか」
父に似ていると聞き、期待できそうな予感がした。
「須美雄君は以前から、尊君の家族との関係が断絶しているのを悲しんでいて、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに話をしていたそうよ。だから、須美雄君を頼れば、うまくいくかも知れないわ」
私は紀美子さんの話に大いに勇気づけられた。ところが、
「只ね、須美雄君の連絡先は知らないのよ。ごめんね」
塚沢さんは何度も謝ってくれたのだが、それは仕方のない事だ。
「他の同級生に当たってみるから、少し時間を頂戴」
こちらで調べますと言ったのに、申し訳ないからと塚沢さんが調査を買って出てくれた。
私と憲太郎君は恐縮しながら、お願いした。
次の日の夜、夕食を終えた時だった。塚沢さんから電話が来た。
「わかったわ、美鈴さん、須美雄君の住所!」
電話に出るなり、そう言われ、ちょっと面食らってしまったが、それだけ塚沢さんは嬉しかったのだろう。
「須美雄君には、私から事情は説明したわ。彼も間接的におおよそは聞いていたみたいなんだけど、貴女や珠ちゃんの連絡先を知らなかったので、どうする事もできなかったそうなの」
須美雄さんも動いてくれていたそうだ。ますますお会いしたくなった。
私は塚沢さんに丁重にお礼を言い、翌日仕事帰りに須美雄さんに会いに行く事にした。
「美鈴一人で行くの?」
憲太郎君が不意に言ったので、
「だって、憲太郎は柔道の練習があるでしょ?」
「そうなんだけどさあ……」
もしかして、私が男の人に会いに行くので、心配なのかな? 嬉しいんだけど、相手は従兄だし、奥様もいるのだし。
「何、私が浮気でもすると思ってるの?」
ニヤッとして突っ込むと、
「ち、違うって……」
いつになく狼狽える憲太郎君が可愛くて、不意打ちでキスしてあげた。
「わわ、美鈴、そういうのはやめてよ!」
顔を赤らめてますます狼狽える憲太郎君。本当に可愛いんだから。
そして、翌日。仕事が終わり、いつもの電車ではなく、逆方向の電車に乗り、三つ先で降りる。
そこで、母と待ち合わせ。母に報告したら、どうしても行くと言って聞かないので、仕方なく同意した。
「そもそもは私がかけた迷惑だから」
母は母なりに責任を感じているのだろう。
そこから更に神奈川県へと電車を乗り継いだ。
そして、予め電話で約束していたカフェに着いた。
須美雄さんはまだ来ていないようだ。
私達は言われた通り、窓際の席に座った。
電話で話した時、声が武彦とよく似ていたので、一瞬奴がふざけているのかと思った。
しかし、いくらあいつがバカでも、そんな事はしないと思い、話をした。
そして、遂に須美雄さんらしき人が入って来た。長身で、紺のスーツ姿の男性。
「あ……」
母子で吐息を漏らしてしまった。須美雄さんは、亡くなった父にそっくりだったのだ。
武彦よりよく似ていた。
武彦に関して言えば、声はともかく、顔は絶対に父に似ていないと思っているのだが、須美雄さんは否定しようがない程だった。
「珠世叔母さんと美鈴さんですね? 須美雄です」
挨拶も爽やか。母と私はポカンとバカみたいに口を開いたままでしばらく返事もしなかった。
「あの?」
須美雄さんが怪訝そうな顔をしたのに気づき、
「ああ、すみません、あまりにも父に似ていたので、驚いてしまって……」
ようやく私はそれだけ言えた。母はまだ固まっているので、脇を肘で小突いた。
「あ、ああ、本日はご足労おかけします」
母は慌てて頭を下げた。須美雄さんは向かいの席に座り、
「そうですか。そんなに叔父さんに似ていますか、僕は」
また爽やかな笑顔になる。いかん、どんどん父のような気がしてしまう。
須美雄さんは確か二十七歳。父が亡くなったのは、三十三歳だった。ほぼ同年代。だから余計似ている気がするのだ。
「昔から、『須美雄君はお父さんより叔父さんに似ているね』と言われて来たのですが、叔父さんの奥さんと娘さんにそう言われると、本当に似ているんですね、僕と叔父さんは」
須美雄さんはしばらく微笑んでいたが、注文を取りに来たウェイトレスが立ち去ると、
「このたびは、うちの母親が大変なご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
テーブルに額を擦り付けるようにして謝罪してくれた。
「いえ、そんな、須美雄さんが謝らないでください」
母と私はほぼ同時に同じ事を言っていた。須美雄さんは顔を上げて、
「いえ、母があそこまで意固地になったのは、甘やかせ放題にした父と、何も言えなかった僕の責任です」
母親の事をそんな風に評してしまうのはどうかと思ったが、依子さんに関してだけは、そう言われても仕方がないと思ってしまった。
「祖父母を追い出すなんて事は僕が絶対にさせませんし、尊叔父さんのご家族にも、珠世叔母さんのご両親にも必ず詫びを入れさせます」
須美雄さんは怒っている。それもかなり。あまり揉めるのは、こちらとしても望まない事なのだが。
須美雄さんはウェイトレスがカップを置いて去るのを待ってから、もう一度口を開いた。
「母と妹はもうそろそろ自分の愚かさに気づくべきなんです。そして、そうする事が、貴女方への一番のお詫びの印になると思うんです」
私と母は、また須美雄さんに父を見てしまい、恍惚とした表情で話を聞いていた。
「今日はありがとうございました」
須美雄さんとカフェの前で別れた後、お互いに顔を見合わせてしまった。
「母さん、須美雄さんにデレッとしていたでしょ?」
「ば、バカな事言わないでよ! あんたこそ、須美雄さんを見て嬉しそうな顔してたくせに……」
互いのアラを挙げ合っても仕方がない。今度は顔を見合わせて笑ってしまった。
「父さんに似過ぎだよ、須美雄さん。泣きそうになっちゃったもん」
私が本音を言うと、母も涙ぐんで、
「うん。母さんも、タイムスリップしたのかと思った……」
母は父に、私は憲太郎君に心の中で詫びたのだった。