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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学三年編
212/313

その二百十一

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学三年。


 先週、最近顔を合わせる機会がなかった姉に連絡し、彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんと遊びに行くと連絡したら、


「亜希ちゃんだけ来ればいい」


 そんな残酷な冗談を言われ、絶句してしまった。姉も言い過ぎたと思ったらしく、


「うそうそ、冗談。そんな訳ないじゃん、武彦。あんたが来なくてどうするのよ? 亜希ちゃんが困るでしょ、そんな展開はさ」


 急に言い繕って来た。確かにショックだったけど、姉がそこまで慌てているのがおかしくなって、途中から笑いを堪えるのが大変だった。


 ああ、今でも姉は僕の事を思っていてくれるんだと感じ、嬉しくなった。まだまだ重度のシスコンだな。




「嫉妬しちゃうな」


 姉達のマンションに向かう電車の中で、僕の話を聞いた亜希ちゃんが言う。


「え?」


 僕はギクッとして彼女を見た。すると亜希ちゃんはクスクス笑って、


「もう、武彦ったら、私の事、嫉妬の塊だと思ってるでしょ?」


「あ、いや、そんな事は全然……」


 思っていないと言い切ってしまえば、もしかするとそれは嘘になるかも知れない。


 時々、亜希ちゃんの顔が心の底から怖いと思ってしまう瞬間があるから。


「そうよね。武彦にそういう事を言ってしまう時点で、私は嫉妬の塊よね」


 亜希ちゃんは自嘲気味な笑みを浮かべた。どうしよう? 何て言ってあげればいいのだろうか?


「ごめんね、武彦。今、一生懸命私を慰めようと言葉を探していたよね?」


 亜希ちゃんは名探偵のようにズバリと指摘した。また鼓動が高鳴る。


「そんな武彦が大好きだよ」


 亜希ちゃんは電車の中にも関わらず、僕に抱きついて来た。周囲の視線が気になったのも相乗効果となり、僕の顔は急速に熱くなった。




 やがて、電車は姉達のマンションの最寄り駅に着いた。僕は外気で火照った顔を冷まそうとしたが、すでに夏日を記録するような日差しが照りつけているので、無理だった。


 いつもなら、いろいろ話しながら歩くのに、何故か無言になってしまった。何か喋らないとと思うのだが、今の状況にあった言葉を思いつけない。


 亜希ちゃんも時々僕を見て何か言いたそうにするのだが、言葉にならないようなもどかしさを感じる表情をしていた。


「本当に酷い姉ちゃんだと思わない、亜希?」


 僕はマンションの前まで来て、ようやく話を切り出せた。切り出せたのだが、姉の話題になってしまった。


「そんな事ないよ。美鈴さんと武彦はそこまで言っても大丈夫なくらいの仲の良さだって事だよ」


 亜希ちゃんはそう返してくれた。お互い気まずい沈黙が破れたので、ホッとして微笑み合った。


 そして、エレベーターで姉達のいる階へと上がり、外廊下を進んでいくと、ドアを開いて待っている姉の姿が見えた。


「亜希ちゃん、武!」


 どうした事か、姉は妙にハイテンションで駆けて来た。何だろう?


「お久しぶりです、美鈴さん」


 亜希ちゃんが笑顔で挨拶する。


「どうしたの、姉ちゃん?」


 僕は姉の行動が気になり、首を傾げた。


「ごめんな、武、姉ちゃんを許して」


 姉は笑っていたかと思ったら、今度は涙を浮かべている。忙しい性格だな。


「この間の電話の事なら、気にしてないよ。謝らないでよ、姉ちゃん」


 僕は姉に謝罪されて照れ臭かったので、苦笑いして俯いた。


「ありがとう、武!」


 びっくりした。亜希ちゃんがいるのに、姉が抱きついて来たからだ。


 ふと見ると、亜希ちゃんも目を見開いていた。そして、廊下の先を見ると、憲太郎さんが苦笑いしているのが見えた。


 ああ、何て事だ……。バカ姉弟きょうだいだ。


 まあ、それくらいで破局する程、亜希ちゃんと僕の関係も憲太郎さんと姉の関係も弱くない。何より、姉と僕はそういう変な関係ではないし。


「いらっしゃい、亜希さん、武彦君」


 憲太郎さんは爽やかな笑顔で迎えてくれた。


「お邪魔します」


 僕と亜希ちゃんは声を揃えて言った。そして、タイミングを測った訳ではなかったのに同時に言えたので、顔を見合わせてしまった。


「仲がいいんだね、二人は」


 憲太郎さんがそう言った時、僕の気のせいだと思うんだけど、姉がムッとした顔をしたように見えた。


「付き合い始めて随分経ちますから」


 亜希ちゃんが恥ずかしそうに微笑みながら言ってくれた。


 


 僕達はリヴィングダイニングに通され、コーヒーを出された。


「すみません、お休みの日に来てしまって。お出かけのご予定ではなかったのですか?」


 亜希ちゃんが憲太郎さんに尋ねた。憲太郎さんはキッチンで何かを用意している姉をチラッと見て、


「そんな事はないよ。ねえ、美鈴?」


 ニヤッとして話を振る。こういうの、憲太郎さん、好きだよあ。姉に対してそんな事できるの、多分憲太郎さんだけだろうけど。


「え、ええ、そうよ、亜希ちゃん。遠慮しないでいつでも来てね」


 姉は動揺しているのがはっきりわかるくらいの慌てぶりで応じた。相変わらずだな。


「さあ、どうぞ」


 姉がキッチンでしていたのは、チーズケーキのカットだった。


 憲太郎さんからの極秘情報だけど、料理は一応姉が全部作っているけど、洗い物は全部憲太郎さんがしているそうだ。


「それくいらいの方が、バランスが取れると思うんだよね」


 憲太郎さんらしいコメントだと思った。


「あ、そうだ。来週は予定があるから外してね、亜希ちゃん」


 急に姉が言った。亜希ちゃんはキョトンとしていたが、


「そ、そうですか」


 ニコッとして応じてみせるところはさすがだ。今日来て、来週も来るなんて事、するはずないのに。


「予定って、デートですか?」


 亜希ちゃんがニッとして姉と憲太郎さんを見る。すると姉が、


「違う、違う! ずっと行けていなかった母の実家に挨拶に行くのよ、憲太郎と。それで、ついでに父の実家の事も聞き出して、そっちにも行こうと思っているの」


「え?」


 姉のあまりにも意外な話に僕は仰天してしまった。父の実家? でもそこって、完全に絶縁状態で、母の実家の比じゃないよね?


「僕が提案したんだよ。こういう機会でないと、なかなか関係修復には動けないと思うんだ。僕自身、美鈴達がお父さんの実家と疎遠のままなのは心苦しいしね」


 憲太郎さん、凄い! 僕なら尻込みしそうだな。




 だけど、僕達が想像している以上の事が待ち受けているとは、その時は知る由もなかったのだった。

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