その二十(姉)
私は磐神美鈴。大学三年。かっこいい彼氏あり、ヘタレな弟あり。
この前、調子に乗って愚弟武彦に柔道の技をかけたら、あいつ、ビビッたのか、私の顔を見ると逃げる。
やり過ぎたかな。そんなに強く締めたつもりはないんだけど。
でもそこまで怖がられると、ちょっとムカつく。
私は怪獣か!?
確かに小学生の頃は、武彦の同級生共に、
「モンスターだ!」
と呼ばれて、恐れられていたけどね。
あまりにも武彦が私を避けるので、心配になってダーリンに相談してみた。
ダーリンは力丸憲太郎。柔道の天才で、連勝記録驀進中なの。
「うーん」
何故か困った顔をするリッキー。どうしたの?
「あのさ、美鈴」
「何?」
リッキーの顔は真剣そのものなので、私はドキドキして尋ねた。
「いくら武彦君が弟でも、それはちょっとまずいよ」
「え? やり過ぎ?」
私はキョトンとしてしまった。リッキーは溜息を吐いて、
「その技はダメだよ。美鈴はそんなつもりはないんだろうけど、武彦君は動揺していると思うよ」
「ええ? どうしてよ?」
私は意味がわからなかった。
「わからないかなあ。腕ひしぎ十字固めは身体が密着するだろ?」
「ええ」
まだわからない。何が言いたいの?
「しかも、相手の腕を股に挟むんだよ? 美鈴は武彦君を異性だなんて思っていないだろうけど、武彦君はそうじゃないと思うんだ」
「ええええええ!?」
私はギクッとした。あいつが私を「女」として見ているって言うの、リッキー?
「だから、美鈴を避けているんだと思うよ」
「そうなんだ……」
私は凹んでしまった。そっか、あいつ、「男」なんだ……。
「でもさあ、今までだっていっぱい技かけてたよ。それなのにどうして急に……?」
それでも理解ができないので、さらにリッキーに尋ねた。
「今は武彦君には亜希さんていう彼女がいるだろ? だから、美鈴に対する意識が変わったんだと思うよ」
「亜希ちゃんに悪いって思うから?」
「そう」
リッキーは完全に私の「能天気」に呆れているようだ。
さらに凹む。
「そんなに落ち込まないで、美鈴。別に悪い事してた訳じゃないんだから」
「うん」
でも気が晴れない。今度は私が武彦を意識してしまいそうだ。
「まあ、それだけ仲が良いって事だよ」
リッキーの慰めの言葉も、私の心に響かなかった。
私は家に帰った。武彦もいるようだ。
あいつの部屋の前に立ち、ドアをノックした。
「誰?」
武彦の声がした。
「姉ちゃん」
「何だ、脅かさないでよ」
武彦はドアを開いて顔を出した。
「何? いつもはノックなんてしないのに」
ああ。そうか、私って凄く失礼な女なんだ。今気づいた。
「この前の事、ごめん。リッキーに叱られちゃった」
武彦は何の事かわからないらしい。
「もう技の練習台を頼んだりしないから」
「ああ、そうなんだ」
あれ?
拍子抜けした。てっきりホッとすると思ったのに、何でこいつ残念そうな顔してるのよ?
「別に僕は練習台になってもいいけど、姉ちゃんがそう言うなら、それでいいよ」
「あ、そう」
武彦はドアを閉じた。
あいつ、やっぱり……。
でも、ちょっぴり嬉しい私もいけない「姉ちゃん」だよなあ。