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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学二年編
209/313

その二百八(亜希)

 私は都坂みやこざか亜希あき。こうすぐ大学三年。


 今日は、従兄の忍さんと、その義理の妹の真弥まみさんの結婚式の日。


 二人に熱望されて、彼の磐神いわがみ武彦たけひこ君と出席する事になった。


 武君は、忍さんとはいざこざがあったし、真弥さんとはキス事件とかもあったから、本当は出席したくはないのだろうけど、どうしても断わり切れなかった。


 何よりも、忍さん自身が、武君との完全な関係修復を望んでおり、真弥さんも武君との気まずい関係を改善したかったから。


 忍さんと武君との事は、私が原因なので、私自身も武君に申し訳ないと思っている。


 真弥さんとの事も、結局は元を正すと私が原因。真弥さんは忍さんの事がずっと好きで、私を敵視していたのだから。


 武君はほとんど巻き込まれたようなものなので、本当に申し訳ないと思った。


 忍さんの一件で、私は見苦しい嫉妬をして、武君を苦しませてしまったし。


 あの二人には迷惑しかかけられていない気がするので、私もあまり出席したくはなかった。


「そんな事を言わずに出てあげなさい。私からも頼むよ」


 父にそう言われた。忍さんは父の弟、すなわち私の叔父さんの息子。


 叔父は長い間音信不通で、父はそれをとても気に病んでいた。


 様々な誤解があって、祖父と叔父は和解をする事ができないまま、叔父が急逝してしまった。


 だから父は、その叔父の忘れ形見である忍さんを随分気にかけていた。


 その父に頼まれては、私も強く拒む事はできない。


「僕は構わないよ。むしろ、あの二人とは仲良くしたいと思っているんだ」


 生まれつき人との争い事が苦手な武君もそう言ってくれたので、私は出席を決断できた。


 ところが、それだけではすまなかった。


 先日、忍さんから電話があって、祝辞を頼まれたのだ。


 式自体は内々で行うので、それほど多くの人達が来る訳ではないのだが、まさかと思っていた事を頼まれて、ひどく驚いてしまった。


 でも、こちらには親しい友人もいず、不安だらけで引っ越ししてきた真弥さんと真弥さんのお母さんの気持ちを考えると、私達は数少ない身内なのだと痛感し、祝辞を引き受けた。


 不安だったので、つい武君を巻き込んでしまったのは、本当に申し訳ないと思っている。


「亜希と二人でなら、大丈夫だよ」


 武君はそう言ってくれたけど、確実に顔が引きつっていたのがわかった。ごめんね、武君。


 


 結婚式には何度か出席したけど、神前式は初めてだったので、その厳かな雰囲気に圧倒されてしまった。


 と同時に、武君とは教会でとずっと思っていたけど、日本式の式も荘厳でいいな、などと思ってしまい、一人で顔を赤らめてしまった。でも、隣の武君を見たら、やっぱり顔を火照らせていたので、ちょっとだけホッとした。


「僕達はどっちでしようか? 沙久弥さんの結婚式の時は、絶対教会でと思ったけど、今日、二人の式を見て、ちょっと気持ちが揺らいでるんだ」


 武君は涙ぐみながら小声で私に訊いて来た。


「両方にしましょうか?」


 私ももらい泣きしそうになったのを我慢して、冗談で言ってみた。


「姉ちゃんがどっちにするかで決めようか。真似したとか言われるの、癪だから」


 武君は如何にも名案を思いついたかのように言う。お姉さんの美鈴さんを基準にするのは嫌だけど、それもありかな。


 真似というか、同じになるのは何となく気が引けるから。結局私のライバルって、美鈴さんなのね。


 でも、考えてみたら、私、武君にプロポーズもされてないのに、式の事を話すって、変な感じ。


 


 二人の披露宴は、ウィディングレストランで行われた。招待されたお客様は全部で三十人くらいの規模だったので、お互いの顔がはっきりわかる距離での席次だった。


 人数が少ないからいいかなと思ったのは大きな間違いだった。少ないからこそ、祝辞も全員によく聞こえるのだ。


 ざわついた大披露宴会場だったら、聞いている人がそれほどいないから、返って気が楽だったとその時になって気づいた。


 緊張して、食事も喉を通らないまま、時間だけが過ぎ、とうとう出番が回って来てしまった。


「行こうか、亜希」


 武君の方が落ち着いて見えた。そう言えば以前、美鈴さんの婚約者である力丸憲太郎さんのご家族との食事会で、武君は一人で挨拶したんだっけ。だからかな?


 私は武君に手を引かれ、マイクの前に立った。


 金屏風の前で白のタキシードを着た忍さんと淡いブルーのウェディングドレスを着た真弥さんが微笑んで私達を見ている。


「忍さん、真弥さん、本日はご結婚、おめでとうございます」


 私は震える手で挨拶を書き留めたメモを広げて言い、新郎新婦に武君と揃って会釈した。忍さんと真弥さんも会釈を返してくれた。


「お二人の門出の日に立ち合える事、そして、こうしてまた多くの方々との縁を広げていける事に感謝致します」


 胸に込み上げて来るものがあり、声が詰まってしまった。真弥さんにもそれが伝染したのか、涙を流している。


「亜希」


 武君が私の異変に気づき、そっと支えてくれた。その顔を見ると、優しく微笑んでいる。憑き物が落ちるように気持ちが和らいだ。


「お二人共、大きな決断をされて、この日を迎えられた事を心よりお祝い申し上げます。そして、ご出席の皆様方にも、これからもお二人をお見守りくださいますよう、お願い申し上げます」


 私は何とかそこまで武君と気持ちを一つにして言い切った。


「そしてお二人には、私達のよい指針となっていただくよう、お願い申し上げ、簡単ではありますが、お祝いの言葉とさせていただきます。ご清聴、ありがとうございました」


 武君がメモにはない事を言い、うまく締めてくれた。会場を暖かい拍手が包んでくれ、また涙を誘われた。


 武君と二人でもう一度忍さん達にお辞儀をし、会場の皆さんにも会釈をして、席に戻った。


「緊張したね」


 武君が言った。目が充血していて、今にも泣きそうな顔だ。


「ありがとう、武君。武君のお陰で何とか乗り切れたわ」


 呼び捨ての約束を忘れて、久しぶりに「武君」と呼んでいた。でも優しい武君はそんな事を指摘したりせず、


「そんな事ないよ。僕の方こそ、亜希がいたから、何とかできたよ」


 ああ、優しい! 大好き、武君! 心の中で叫び、彼の手を握りしめた。


 


 披露宴は滞りなく終わり、その後忍さんと真弥さんに懇願されて、二次会に出席し、二人のお母さん、そして今までほとんど顔を合わせた事がなかった都坂一族の人達と盃を交わす事になった。


 武君はまだ未成年なので、飲めなかったから、その分私が引き受ける形になり、大変だった。


 私達の時も、これくらいお祝いされると嬉しいな。


 後で聞いたのだけど、かなりお酒が回っていた私は、武君にしつこくキスを迫ったのだとか……。恥ずかしい。


 美鈴さんに似て来たのかな? 


 でも、私の方が武君の事、ずっと大好きだよ、絶対。

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