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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学二年編
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その二百五

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。もうすぐ大学三年。


 幼馴染みで彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんとは順調。


 そして、かなり怖くて少し優しい我が姉ともいろいろありながらもうまくいっている。


 その姉の義理のお姉さんになる西郷沙久弥さんの赤ちゃんを見に行った時、沙久弥さんの義理のお姉さんの恵さんのお嬢さん達にまた悩まされた。


 莉子ちゃん八歳と真子ちゃん五歳。どちらも可愛い女の子なのだが、どういう訳か、僕にとても懐いていて、亜希ちゃんが顔を引きつらせるような行動をとる。


 その時も、莉子ちゃんが僕にベタベタしてきて、亜希ちゃんをヤキモキさせ、揚げ句、恵さんに叱られて、納戸に真子ちゃんと共に閉じ込められるという罰を受けていた。


「武彦って、女難の相があるのかもね」


 帰り道で亜希ちゃんが真顔でそう言ったので、僕はちょっと落ち込んでしまった。


 きっと亜希ちゃんは、僕が沙久弥さんのおっぱいを見てしまったので、少し機嫌が悪かったのかも知れない。


 もちろん、そんな事で仲違いするような僕達ではないので、全然気にならないのだが。


 ところが、心配の種は思いもしないところに根付き、その芽を出そうとしていたのだ。


 


 いつものように、僕はバイト先のコンビニへと行った。


「おはようございます、先輩」


 おっとり口調の長須根ながすね美歌みかさんが挨拶して来た。


「おはよう、長須根さん」


 なくなったお兄さんが僕にそっくりだという縁で友人になった彼女とも、出会ってもうすぐ一年になる。


 余計なお世話かも知れないけど、彼氏の間島ましま君とはうまくいっているのだろうかと心配だ。


 彼女の事は、本当に妹のような気がしているので、そのせいだろう。


 彼女がいるのに長須根さんばかりでなく、姉や、果ては母の高校時代の同級生の日高さんのお嬢さんである実羽さんにまでちょっかいを出そうとした一年先輩の神谷さんは、ここのところ、就職活動が忙しくなってきたため、あまり顔を出さなくなった。


 そう言えば、姉もこの頃からリクルートルックであちこち行ってたっけ。


 そんな事を思い出していたせいか、僕は実羽さんの幻を見てしまった。


 どうして実羽さんなんだろうと首を傾げていると、 


「武彦君、お久しぶり!」


 いつもハイテンションな実羽さんは、西郷家の三女の依里えりさんと気が合うのではないだろうか?


「ちょっと、武彦君、無視しないでよ」


「は?」


 幻だと思っていた実羽さんは実在していた。僕は生まれて初めて、二度見をしてしまった。


 


 店長もいないので、店は僕と長須根さんだけ。忙しい時間帯だったので、実羽さんには事務室で待ってもらった。


「先輩、私一人で大丈夫ですから、あの方とお話ししてください」


 以前、実羽さんは僕の「浮気相手」だと嘘を吐いてここにやって来た。それを真に受けてしまった長須根さんは、その時の事に負い目を感じているのか、気を遣ってくれた。


「いや、実羽さんも急がなくていいからって言ってくれてるから、一段落したら休憩させてもらうよ」


「そう、ですか?」


 長須根さんは悲しそうな顔で僕を見た。いや、何だか罪悪感を覚えてしまうから、その目はやめて欲しい……。


 客足が減ったところで、僕は休憩を兼ねて実羽さんの用件を聞く事にし、事務室に行った。


「あ、ごめんね、武彦君、仕事中に」


 実羽さんはさっきとは違って、真顔だった。僕は思わずギクッとしてしまったが、お茶を淹れながら、


「それは大丈夫です。今は休憩中ですから。ところでどうしたんですか?」


 内心はドキドキしながら尋ねた。すると実羽さんは苦笑いして、


「私も姉も、意外で驚いているんだけどさ……」


「はい?」


 茶碗をテーブルに置きながら、僕はキョトンとしてしまった。


「父がね、結構本気らしいの」


「え?」


 父が本気? それって、この前家族同士で食事をした時の続きの話? ますます心拍数が上がってくる。


「あの食事会の後、同窓会でも会ったらしいのよね。そこで、周りの人達にからかわれたり、焚きつけられたりして、父もその気になってしまったらしいの」


「はあ……」


 僕は気が重くなってきた。今はオリンピックを目指して気持ちをそちらに向けている姉がピリピリしている時だから、そんな話がある事を知ったら、またヒートアップしてしまうだろう。


 憂鬱になりそうだ。


「父がその気だけなら、私と姉が止めればすむ事なんだけどね」


 意味あり気に実羽さんは僕を見て言葉を切った。


「え? どういう意味ですか?」


 実羽さんは言いにくそうな顔をしていたのだが、


「貴方のお母さんも、完全拒否って訳ではないって言うのよ、父が。だから、それが本当なのか、武彦君に確かめて欲しいの」


「ええ?」


 僕はつい大声を出してしまった。


「どうかしたんですか、先輩?」


 長須根さんがドアを開いて訊いて来たほどだった。僕は苦笑いして、


「あ、何でもないよ。ごめん、驚かしてしまって」


 その場は言い繕ったつもりだけど、長須根さんは全然納得している表情ではなかった。


 母が再婚に前向き?


「もちろん、貴方とお姉さんが結婚に反対しているのはわかってる。私も姉も、父の再婚には賛成はしていないわ。でも、本人同士の気持ちを無視してまで反対はしたくないから……」


 実羽さんは悲しそうだった。本当は再婚なんてして欲しくないのは僕や姉と同じだろう。


「わかったら、連絡ちょうだいね」


 実羽さんはそう言って帰って行った。


 僕はその話が頭から離れず、何度もぼんやりしてしまい、長須根さんを心配させてしまった。


「大丈夫ですか、先輩?」


 長須根さんは僕の様子を見かねて、バイト時間を延長しようとしたが、間島君に申し訳ないので、丁重に断わって帰ってもらった。


 しばらくして店長が会議から戻り、僕は気を引き締めた。


 


 バイトを上がると、僕はすぐに姉に連絡した。姉も事情を知って声を失っていた。


「家を出る時、冗談でそんな事を言ったけど、まさか本当にそうなるなんて……」


 姉もショックを受けているようだ。思い返してみると、母は時々帰宅が遅くなっていたような気がする。


 大人なんだから、そんな事でいちいち詮索する事もできないけど、ちょっと迂闊だった。


「母さんには私が訊くから、お前は何もしなくていい」


 姉は少し怒っているみたいだ。嫌な予感がしてしまう。ああ、どうしよう?

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