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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学二年編
191/313

その百九十(姉)

 私は磐神いわがみ美鈴みすず。社会人の生活がすっかり板に付いて来た。


 ようやく長期の休暇を欲しいと思わなくなったのだ。


 思えば、大学に通っている頃の方がずっと忙しかったのであるが、夏季休暇と冬季休暇に加え、春季休暇もそれなりに長かったから、身体がったのかも知れない。


 


 今日は、婚約者の力丸憲太郎君と共に彼のお姉さんである沙久弥さんに会いに行く。


 今年の三月に結婚した沙久弥さんは、夫である西郷隆さんに、


「早く子供が欲しい」


と言い、すでに妊娠八ヶ月を経過、お腹は怖いくらいに膨らんで、いつ産まれてもおかしくない状態だ。


「姉貴の幸せそうな顔を見ていると、早く結婚した方がいいのかな、なんて思ったりするんだ」


 西郷家への道すがら、憲太郎君が照れ臭そうに言った。


「そ、そう」


 婚約者としては嬉しい言葉なのだろうが、ちょっと複雑。


 憲太郎君は、自分では否定しているけど、結構なシスコンだ。


 沙久弥さんが大好きだから、幸せそうなお姉さんを見てそう感じている可能性もある。


「武彦君から聞いたよ、入籍も出産も先はダメだと言われたって」


 我が愚弟武彦のおバカぶりには項垂れてしまう。


 どうしてそんな事を憲太郎君に話すのだろうか?


「だから、できるだけ早く結婚してください、だってさ」


 憲太郎君は爽やかな笑顔で言い添えた。う……。今の一言で、グッと来てしまった。


 後で懲らしめようと思った自分が恥ずかしくなった。


 ありがとう、武彦。ああ、私もレベルの高いブラコンだな。


「優しい弟さんだね、美鈴」


 おまけに憲太郎君にそう言われてしまっては、もうあいつに感謝するしかない。


「憲太郎だって、優しい弟だよ。こうして、お姉さんに会いに行くんだから」


 私はニヤッとして憲太郎君の顔を覗き込んだ。


「そ、そうかな?」


 途端に憲太郎君の顔が赤くなった。やっぱりか、こいつと思いかけたが、我慢、我慢。


 沙久弥さんは私の「お義姉ねえさん」になる人なのだから、そんなのは醜い嫉妬だ。


「あ、今日は」


 そんな事を思いながら歩いていたら、偶然にも愚弟の彼女である都坂みやこざか亜希あきちゃんとその親友の櫛名田くしなだ姫乃ひめのさんにバッタリ会った。おっと、入籍したんだから、今は須佐姫乃さんか。


「今日は」


 それぞれ挨拶を済ませた。姫乃さんも結構お腹が目だって来ていた。沙久弥さんよりは後だが、確か一月には出産のはずだ。


「お久しぶりです」


 姫乃さんは憲太郎君に笑顔で挨拶。ちょっとだけ嫉妬してしまうバカな私。


「久しぶりだね。姉貴は小さいからお腹が目立つんだと思ったけど、やっぱり妊娠も終盤になると誰も大きなお腹になるんだね」


 憲太郎君は微笑んで言う。そんな笑顔を見ると、私も早く子供が欲しくなってしまう。


「亜希なんて、私のお腹を見て、尻込みしかけてるんですよ、全く」


 姫乃さんが肩を竦めて亜希ちゃんを見た。


「し、尻込みだなんて、姫ちゃん、大袈裟よ。ちょっと驚いただけでしょ!」


 赤くなって言い返す亜希ちゃん。相変わらず可愛い将来の我が「義妹いもうと」だ。


「お互い頑張りましょうね、亜希ちゃん」


 私は彼女の肩をグイッと抱き寄せて言った。


「あ、はい、お義姉さん」


 亜希ちゃんは照れ臭そうにそう言ってくれた。ああ、その響き、最高!


「そう言えば、須佐君とは一緒に住んでいるの?」


 私は気になったので尋ねてみた。すると姫乃さんは苦笑いして、


「いえ、入籍しただけで、生活に変化はないです。もちろん、昇は毎日会いに来てくれますし、休みの日にはあちこちに出かけて、必要なものを買って来てくれますけど」


「そうなんだ。なるほどね」


 考えてみれば当たり前の話だ。まだ二人共大学二年だからなあ。


 私達はまた近いうちに会う約束をして、別れた。




「何を企んでいるのさ、美鈴?」


 憲太郎君が私の顔を見て尋ねる。相変わらず鋭い。嫌な汗が出そうだ。


「あはは、別にィ」


 惚けるしかない。


 まさか、出産したら実家に戻り、武彦に、


「お前もそのうちに経験する事なんだから、いい練習と思いなさい」


 とか何とか言って、産まれた子の面倒を見させる計画を思いついたとは言えない。


 我ながらいいアイディアだと思うのだが、憲太郎君には確実に軽蔑されそうだから、知られないようにしないと。


 それに、


「まだブラコン卒業してくれないの?」


 そんな事も言われそうだし。結婚して出産したら、さすがにブラコンは卒業できるかな?


 私達のためだけではなく、武彦、そして亜希ちゃんのためでもあるからなあ。


 頑張ってみましょうかね。


「できるだけ早く結婚しちゃおう、憲太郎。リオのオリンピックまでに万全の態勢で臨めるようにさ」


 ギュッと腕を組みながら言った。


「あ、そ、そうだね」


 憲太郎君はそんな事を言われるとは思っていなかったのか、少しビックリしていた。


 うまく誤魔化せたし、思っていた事も言えたから、良かった良かった。


「リオに行くぞォッ!」


 右腕を突き上げて叫んだ。憲太郎君は恥ずかしそうだったが、私は気にしない。


 結婚と五輪出場。二つの大きな夢の実現に向かって進むつもりだ。

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