その百八十八(亜希)
私は都坂亜希。大学二年。
幼馴染みで彼でもある磐神武彦君との交際は順調。
大学生活も充実していて、これと言って不満な事はない。
先日、武君のお母さんが、高校時代の同級生だった日高建史さんと久しぶりに会った。
武君の話によると、二人はまるで高校生に戻ったかのように喋っていたと言う。
人間とは不思議なもので、長い間会っていなかった人と顔を合わせると、昔にタイムスリップしてしまうみたい。
日高さんに親しみを覚えたのは、渾名が「建君」で、武君と音が一緒だった事。
次は私も磐神家の一員としてメンバーに加えて欲しいと思った。
という事は、私、武君の奥さん扱い? 何だか妄想だけなのにドキドキしてしまうし、そんな事を考えた自分が恥ずかしい。
「今度は同窓会で会うって言ってたよ」
武君は私の葛藤など気づくはずもなく、教えてくれた。
「次に家族で会う時は、私も行きたいな」
ランチの後で、思い切っておねだりしてみた。すると武君は微笑んで、
「いいよ。日高さんの娘さんは二人共気さくな人だから、亜希ならすぐに仲良くなれるよ」
そう言ってくれた。
日高さんの娘さんは既婚者で子供までいるから、嫉妬の対象ではないけど、次女の実羽さんの娘さんの皆実ちゃんに武君がメロメロなのだ。
さすがに皆実ちゃんに嫉妬はしないけど、武君が子供好きなのをちょっと意外に思った。
「子供って可愛いよね。他人の子供があれほど可愛く思えるんだから、自分の子供だったらどんなに可愛く思えるのかな?」
武君は決して深い意味で言ったつもりはないのだろうけど、今その話題は堪える。
親友の櫛名田姫乃ちゃん、今は須佐姫乃ちゃんだけど、彼女の妊娠騒動を思い出すし、先日葉書をもらった高校の時の同級生の富谷麻穂ちゃんが学生結婚するという通知も焦りの原因になっているのだから。
麻穂ちゃんはでき婚ではないけど、彼を逃がさないために早めに入籍したみたいだ。
披露宴は大学を卒業して就職が決まったらするそうだ。堅実だなあ。
子供はもっと先の話だとも言っていた。まずは自分達の生活が第一なのだそうだ。
「女の子は亜希に似てくれないと困るよね。僕に似たら、可愛くないだろうから」
武君の自虐的な言葉に苦笑いしてしまった。
「そんな事ないよ。武彦に似ても、可愛いと思うよ」
空想の話なのにとても顔が火照って来るのがわかった。私って、先読みし過ぎなのかな?
「ありがとう、亜希」
武君は照れ笑いをした。彼、自分の顔に自信がないみたいだけど、私は十分カッコいいと思う。
「それにはまず、姉ちゃん達に結婚してもらわないとだよね」
武君は急に深刻な表情になった。
この前、武君のお姉さんの美鈴さんに、
「私達が結婚するまでは入籍したらダメだよ、亜希ちゃん。それから、子供も私達より後にしてね」
と言われた事を武君は忠実に守るつもりのようだ。
武君らしいと言えばそうなんだけど、ちょっとお姉さん中心過ぎる気もする。
もちろん、美鈴さんの方が年上なのだから、結婚も出産も私より先になると思うんだけど、婚約者の力丸憲太郎さんがオリンピック出場を決めると、また結婚が先になる可能性があるらしいのだ。
そうなると、三つしか違わないので、私達の方が先に結婚するかも知れない。
その時はその時で、美鈴さんも了解してくれると思う。
でもお姉さん子の武君にはそんな事はできないのかな?
いや、その頃までに私が武君をシスコンから卒業させないと。
それが一番の解決方法だと思う。険しい道のりだけど、絶対に成し遂げなければならない。
「ごめん、亜希。勝手にいろいろ先走った事言って。機嫌直してよ」
私が眉間に皺を寄せて考え事をしていたので、優しい武君は私が怒ったと思ったらしい。
もう、そんなに怒りっぽいイメージなの、私って? そうかも知れないけど。
「怒ってなんかいないよ、私。武彦って、私の事をそんな風に思っているの?」
冗談のつもりで微笑んでそう尋ねたのだが、
「え、あ、いや、そんな、別にそういうつもりでは……」
酷く動揺させてしまったみたいだ。ああ。やっぱりそういうイメージなんだ、私って……。
「冗談よ、武彦。でも、私はそんなに怒りっぽくないぞ」
私は周囲に人がいないのを確認してから、彼にキスした。もちろん、唇に。
「あ、亜希……」
武君は目を見開いて驚いている。私はニコッとして、
「ごめんねのチュウだよ」
ペロッと舌を出してからそう言った。
「私達は私達のリズムで行こうよ。美鈴さんより結婚や出産が早くてもいいでしょ?」
武君の手をギュッと握って念を押すように告げ、微笑む。武君はビクッとしたみたいだったが、
「うん。そうだね」
微笑み返してくれたので、大丈夫だ。
一歩ずつ、武君を美鈴さんから私に引き寄せていく。それがこれからの私の人生設計の一部。