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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学二年編
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その百八十四

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学二年。


 先日、母の高校時代の同級生である日高ひだか建史たけふみさんの娘さんの実羽みわさんがバイト先に現れた。


 実羽さんが僕と同じ大学の一年生の長須根ながすね美歌みかさんに、


「私は武彦君の浮気相手」


などというとんでもない嘘を言ったので、僕は長須根さんに泣かれてしまった。


 その後で、実羽さんが長須根さんに詫びて、嘘だった事を話してくれたので、長須根さんの誤解は解けたけど、


「先輩を信じていれば、嘘だって見抜けたはずです」


 そう言われて、もう一度泣かれてしまった。やっぱり僕には女難の相と姉難の相が出ているのかも知れない。


 その後、実羽さんはご主人やまだ二歳のお嬢さんと一緒にコンビニをたびたび訪れている。


「旦那には、あの話は内緒よ」


 実羽さんが会計の時、小声で言った。


「もちろんです」


 僕も小声で応じた。頼まれたって、あんな話、ご主人にできる訳がないですよ。


 母と日高さんの「お見合い」の日程は、お互いの予定が噛み合わず、難航しているらしい。


 恐らく秋になってからだろうと、実羽さんに言われた。


「貴方のお姉さん、天津あまつ建設勤務なんですって?」


 更に次の日、お嬢さんと二人で現れた実羽さんが言った。


「ええ、そうですけど。それが何か?」


 僕はどうしてそんな事まで知っているのだろうと一瞬思ったが、どうやら母の弟の豊叔父さんが喋ったようだ。


「そこ、私の旦那のライバル会社なのよね。何だか複雑だわ」


 実羽さんはさも困ったような顔で笑いながら言う。本心はどっちなんだろうと勘繰ってしまった。


「でもねえ、大学は私と同じなのよね、お姉さん」


「そうなんですか」


 それにはさすがに驚いた。まあ、戦国時代なら大問題かも知れないけど、今はあまり関係ないよね。


 実羽さんは僕と話をしたいのか、よほど暇なのわからないが、多い時は一日に何度もやって来る。


「磐神君が羨ましいよお」


 一年先輩の神谷さんばかりでなく、他の先輩達にまでそんな事を言われてしまう。


 それくらい実羽さんは美人だし、素敵なのだ。


「でも、人妻ですから」


 僕が苦笑いして返すと、神谷さんは肩を竦めて、


「だからいいんじゃないか、磐神君。その背徳感がさ」


 危ない事を言い出していた。彼女に言いつけようかな、と本気で考えてしまう。


 最初は実羽さんにドキドキしたけど、今は普通に接しているし、実羽さんの事を異性として見てはいない。


 僕には都坂みやこざか亜希あきちゃんという彼女がいるというだけではなく、何よりも実羽さんが姉と同じ年齢で、性格も似ているので、そんな気持ちにはなれないのだ。


「たけくん、ちゅきい」


 むしろ、お嬢さんの皆実みなみちゃんにそんな事を言われる方がドキッとしてしまう。


 決して、ロリコンではないけど。


「先輩、デレッとしてますよ」


 長須根さんにそう言われ、思わず顔を引き締めたのは亜希ちゃんには内緒にして欲しい。


「でも、皆実ちゃん、可愛いですよね」


 長須根さんは皆実ちゃんに手を振りながら呟いた。


「私も将来あんな子が欲しいなあ」


 そう言って、キャッとなって顔を手で覆い、バックヤードに駆けて行ってしまった。


 純朴な長須根さんらしいリアクションだ。


 長須根さんの彼氏の間島くんもイケメンだから、二人の子供はきっと可愛いと思う。


 僕と亜希ちゃんの子供……。そんな事を連想し、顔が火照ってしまった。


 


 長須根さんが上がり、しばらくして僕も仕事を終える。


「磐神くうん」


 捨て犬のような目が板に付いて来た神谷さんが寂しそうに見つめる中、僕は作り笑顔で事務室を出た。


「あ」


 その時、亜希ちゃんから着信。僕は携帯を取り出し、通話を開始する。


「もしもし、どうしたの、亜希?」


「さっき、長須根さんからメールが来たの。また磐神先輩が鼻の下を伸ばしていますって」


 亜希ちゃんの言葉に僕はギョッとした。長須根さん、一体何を話したの? 嫌な汗が出る。


「日高さんのお嬢さんの娘さんに武彦がメロメロだって聞いたのよ」


 亜希ちゃんは笑いながら続けた。少しホッとしたが、まだ心臓がバクバクしている。


「長須根さんが写真を送ってくれたんだけど、確かに可愛いわね、皆実ちゃん」


「あ、そうだね」


 僕は言葉に気をつけながら応じる。すると亜希ちゃんは、


「私達も早く可愛い子供が欲しいね、武彦」


「え?」


 亜希ちゃんがサラッと衝撃発言をしたので、僕は足を止めてしまった。


「その前に結婚しないとだけどね」


 亜希ちゃんの声が少し上ずっていたのがわかった。自分で言ってしまってから、恥ずかしくなったのだろう。


 可愛いなあ、亜希ちゃんて。


 しばらく取り留めのない話をして、僕は通話を終えた。


「イチャイチャしやがって、このエロ男が!」


 その時、いきなり後ろからベッドロックされ、息が出来なくなった。


 一体誰がと思う必要はない。こんな事をするのは世界で只一人だ。


「武ェ、正義の味方、姉ちゃん仮面が成敗してくれる!」


 酒臭い息を耳元に吹きかけながら、姉は陽気な笑顔で更に僕の首を締めて来た。


「姉ちゃん、苦しいよ……」


 そう言いながらもちょっぴり嬉しい僕。変なのだろうか?

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