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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学二年編
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その百八十三

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学二年。


 いつものようにバイト先のコンビニに行った僕は、大学の後輩の長須根ながすね美歌みかさんに、


「磐神先輩、見損ないました」


 そう言われてしまった。事情がよくわからないまま、店内に行くと、そこには一人の美人がいた。


 その人は長須根さんに僕の浮気相手だと告げたらしい。


 もちろんそんな事はない。その人とは初対面だ。


「ごめんね、からかったりして」


 その人は、クスクス笑いながら会釈程度に頭を下げた。


 全然謝られた気がしない。釈然としない。


 そこへ長須根さんがやって来た。間に入ってくれた一年先輩の神谷さんが連れて来たのだ。


 彼女はまだしゃくり上げていた。僕のせいではないけれど、申し訳なくなってしまう。


「ごめんなさいね、貴女。さっきのは冗談。武彦君とは今日初めて会ったのよ」


 お騒がせの張本人のその人は、笑いを堪え切れずに長須根さんに詫びた。それもあまり謝罪とは思えない。


 そう言われて、長須根さんはポカンとしてしまった。理解不能なのだろう。


 それはそうだ。冗談を言うにしても、度が過ぎている。


 滅多に怒った事がないが、僕は腹が立ったので、その女性を睨んだ。


「どういうつもりなんですか? 何のためにあんな嘘を吐いたんですか?」


 いつもより大きな声で女性に尋ねた。するとその女性はようやく笑うのをやめて、


「父の仇討ちよ。貴方のお母さんに振られたね」


 そう言われてようやくその人の正体がわかった。


「日高さんの娘さん、ですか?」


 僕は恐る恐る尋ねた。長須根さんと神谷さんは何が何やらわからないといった顔でお互いを見ている。


「ええ。私は次女の実羽みわ。よろしくね」


 実羽さんは微笑んで小首を傾げた。確か、ゆたか叔父さんの話だと、学生結婚した人だ。


 


 実羽さんを事務室に通し、僕は事情を聞いた。


「私の家、この近くなのよ。で、貴方がこのコンビニにアルバイトに来ているって、豊おじさんから聞いていたから、ちょっと偵察も兼ねて来てみたの」


 実羽さんは長須根さんが入れてくれたコーヒーを一口飲んでから言った。


 豊叔父さん、意外にお喋りだな、もう。


「確かに似ているわね、貴方。父に昔の写真を見せてもらったんだけど、あの頃の貴方のお父さんに瓜二つよ」


 実羽さんはテーブルの上に両腕で頬杖を突き、嬉しそうに僕の顔を覗き込む。


 自分ではそんなに似ていないと思っているのだが、他人から見るとよく似ているのだろう。


 姉は、


「あんたは声は似てるけど、顔は全然似てない」


と言う。父を絶対視しているファザコンだから仕方がない。但し、「ファザコン」だなんて思っていると知られたら、僕の命が危ないけど。


「そ、そうですか」


 美人にジッと見つめられて、僕は恥ずかしくなってしまった。


「父も物好きなのよね。一度振られたひととお見合いをしたいだなんてさ」


 言葉は呆れたような調子だが、顔は微笑んだままなので、実羽さんが日高さんと母が会う事に反対していないのがわかる。


「そうですか……」


 僕は何と応じたらいいのかわからず、苦笑いした。


「まあ、妙な展開にはならないとは思うけど、父が貴方のお母さんと結婚したいって言うのなら、私も姉も反対はしないわ」


 実羽さんは真顔で僕を見た。意外だ。そんな事を言われるとは思わなかった。


「僕も姉も母が結婚したいのなら反対はしません」


 僕がそう言うと、実羽さんは急に顔を近づけて、


「お互い、姉がいる者同士、貴方のお母さんと父の事はともかく、仲良くしましょうね」


「はあ……」


 また苦笑いするしかない。只、今の一言で、実羽さんに親近感が湧いたのは確かだ。


「貴方のお姉さんも怖いの?」


 実羽さんは声を潜めて訊いて来た。僕も声を低くして、


「ええ、まあ……」


 何となく顔を見合わせて、互いの気苦労を思うように微笑み合った。


「頑張りましょうね。困った事が当たったら、相談に乗るわよ。これ、私の携帯の番号とメルアドね」


 実羽さんは名刺のようなものを差し出した。


「え?」


 僕は思わずギクッとしてしまう。すると実羽さんはクスッと笑い、


「ちょっと、本当に浮気するつもりか、とか思ってるんじゃないでしょうね? 私、こう見えて人妻なのよ」


「あ、ええ、わかってますよ」


 僕はもう一度苦笑いしてしまった。


「あくまで友人として交流したいって事。ね?」


 実羽さんはニコッとした。僕はその笑顔が素敵だったので、顔が火照ってしまった。


 


 しばらくして、実羽さんは事務室を出た。もう子供もいるらしく、アイスを買って行った。


「先輩、申し訳ありませんでした」


 実羽さんが帰ると、長須根さんが深々と頭を下げて僕に謝った。


「そんな、仕方ないよ、あの人が嘘吐いてたんだからさ。長須根さんは悪くないよ」


 僕は慌てて長須根さんに言った。長須根さんは潤んだ目で僕を見上げて、


「でも、先輩を信じていれば、嘘だって見抜けたはずです。それなのに私は……」


 また泣き出してしまった。僕は救いを求めるように神谷さんを探したが、どこにもいなかった。


 しばらく長須根さんをなだめて落ち着かせてから、引き継ぎを開始した。


 長須根さんはおっとりしているようで飲み込みは早く、すぐに理解してくれた。さすが経済学部、と思ってしまいそうだが、一年生はまだ専門科目はほとんどないんだよね。


 


 やがて、長須根さんは時間になって帰って行った。


「磐神君てさ、美人に縁が多いよね」


 神谷さんが床掃除をしながら言う。


「ええ? そうですか?」


 僕は隣の床を掃除しながら返す。神谷さんはニヤニヤして、


「だってさ、お姉さんも彼女も美人で、大学に行けば美人の学友がいて、バイト先にも長須根さんみたいな巨乳美人がいてさ。羨ましいよ」


 僕は顔を引きつらせてしまう。神谷さん、そんなに女性に飢えてるんですか? 彼女がいるのに……。


 


 しばらくして、また捨て犬のような目をした神谷さんを残して、僕はバイトを上がった。


 今日店に来た実羽さんも奇麗な人だった。お姉さんも奇麗な人なのだろうな。


 おっと、いかん。「姉」という言葉に反応してしまっている。


 もう姉離れしたいと思っているのに、周囲は「姉」で溢れ返っているからなあ。




「只今」


 母と姉はどこにも出かけずに家にいたみたいだ。


 僕は早速実羽さんの事を話した。


「へえ。随分、恨まれてるみたいね、お母様」


 姉がニヤリとして母を見た、すると母は顔を赤らめて、


「日高さんの思い違いよ。母さんは日高さんを振ったりしてないんだから」


「またまた、照れちゃって!」


 姉は悪乗りして母に突っ込んでいる。そのうちに怒られるような気がしたので、僕はそっと居間を出て部屋に行った。


 何だかちょっぴり不安になって来た。

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