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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学二年編
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その百八十二

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学二年。


 先日、母の弟であるゆたか叔父さんが突然現れ、母の高校の同級生である日高ひだか建史たけふみさんと会って欲しいと言った。


 日高さんは父と親友で、母を争った恋のライバルだったそうだ。


 母は美人だから、随分モテたのだろうなと思う。


 只、その頃の話を姉が訊こうとしたが、鬼のような形相になって、


「話したくないから、訊かないで!」


と言われてしまった。


 姉も母がそこまで怖い顔をして拒否したので、驚いてしまったようだ。


「あんなに怖い母さん、初めて見たよお」


 甘えた声で僕に囁いたが、僕は苦笑いする事しかできなかった。可愛かったんだけどね。




 叔父さんが帰り、僕もバイトの時間になったので家を出た。


 知りたがりの姉の事だから、また母に訊こうとして、怒られているのではないだろうか?


 そんな事を想像しながら歩いていると、


「思いだし笑いしてるよ、武彦」


 庭の花壇に水を撒いていた僕の彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんにクスクス笑われてしまった。


「あ、おはよう、亜希」


 僕は亜希ちゃんに見られていたのを知って顔が火照るのを感じた。


「朝からそんなに楽しい事があったの? 誰か来ていたみたいだけど?」


 亜希ちゃんは庭に出ていたので、帰る叔父さんを見かけたようだ。


 亜希ちゃんになら話しても構わないだろうと思い、経緯を説明した。


「昔、おばさんを好きだった人ね……」


 亜希ちゃんは深刻な顔になった。彼女は母と祖父のいさかいも知っているから、また揉め事になると思ったのかも知れない。


「今になって会いたいだなんて、ちょっと怖いね」


「そうなんだけど、母さんが会うって言うのを止める事はできないし」


 僕も本当は母と日高さんを会わせたくない。会うだけだとしても、父に悪いような気がするのだ。


「そうだよね。最後はおばさんが決める事だもんね」


 亜希ちゃんも不安を拭い切れないようだったが、頷きながらそう言った。


「私達、考え過ぎなんだよ、武彦。確かに武彦のお父さんに悪いような気もするけど、会うだけでいけないのなら、武彦は姫ちゃんにも長須根さんにも会えなくなるんだよ?」


 亜希ちゃんの例えが怖過ぎて、僕は顔が引きつってしまった。


 櫛名田くしなだ姫乃ひめのさんは、中学の同級生で、一度不意打ちでキスされた事がある。


 長須根ながすね美歌みかさんは同じ大学の経済学部の一年生で、亡くなったお兄さんに僕がそっくりだという縁で友人になった。


 亜希ちゃんが長須根さんを例えに出したのは、この前彼女に抱きつかれて、あのユサユサ揺れるほどの巨乳に僕が喜んだと思われているからだ。


 亜希ちゃんて、結構根に持つタイプなのかも知れない。そこも含めて、可愛くて好きなんだけどね。


「そ、そだね」


 最近忘れていたかつての口癖が久しぶりに出てしまった。


 


 バイトに行く途中だったのを思い出した僕は駅までダッシュし、電車に飛び乗った。


 今日は長須根さんに引き継ぐ仕事があるので、早めに行くと言ってあったのだ。


 危なかった。


 長須根さんのために慌てたなんて、亜希ちゃんには言えないけどね。


 走った甲斐もあり、コンビニには長須根さんより早く着けた。


 彼女に引き継ぐ仕事の手順書をコピーし、クリップで留めていると、


「おはようございます」


 あの独特のイントネーションと早さで挨拶しながら、長須根さんが事務室に入って来た。


「おはよう、長須根さん」


 僕は微笑んで挨拶を返したのだが、何故か彼女はムッとしている。


「磐神先輩、見損ないました」


「え?」


 いきなり意味不明の言葉。どういう事?


「都坂さんみたいな奇麗な彼女さんがいるのに、浮気するなんて!」


 長須根さんが目を潤ませて僕に詰め寄って来たので、揺れる胸に目が行きそうになるのを何とかこらえ、


「ええと、全然何の事だかわからないんだけど?」


 すると長須根さんは涙を一粒零して、


「お店に先輩の浮気相手だという人が来ているんです!」


「えええ!?」


 僕はまさに顎が外れそうになるくらい驚いて叫んでしまった。


「何だどうした?」


 バックヤードで検品中だった一年先輩の神谷さんが事務所室のドアを開いて尋ねる。


「あ、いや、何でもないです」


 僕は神谷さんに苦笑いして応じ、泣き出す長須根さんを放置して事務室を飛び出した。


「君ね、磐神武彦君て? 確かに似てるわね」


 レジの前にショートボブの美人が立っていた。見た事がない人だ。切れ長の目に鼻筋の通った顔立ちで、クールな印象だ。


 グレーのスーツを着ているから、社会人だろうか?


 年齢は姉と同じくらい? この人、何で僕の事を知っているの?


「あの、どちらさまですか?」


 他に誰もいない店内。その人は含みのある笑みを浮かべ、僕を見た。


 いくら考えても思い当たらない。姉の会社の人だろうか?


「さっき会った女の子に言ったわよ。貴方の浮気相手だって」


 その人は愉快そうに言う。どういうつもりだ? 何のためにそんな事をするんだ?


「浮気相手だなんて、僕は貴女と会った事もないですよ」


 ここで怯んではつけ入られると思い、反論した。するとその人は急に笑い出し、


「ごめんごめん、冗談よ。さっきの子にも謝るわ」


「はあ?」


 僕はますます混乱した。一体この人は誰なんだろう?

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