表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学二年編
180/313

その百七十九

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学一年。


 長い夏休みももうすぐ終わる。


 バイトに明け暮れた毎日だったが、彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんともそれなりにデートできたし、姉の会社の先輩の皆さんにも「襲撃」されずにすんだ。


 襲撃が未遂に終わったのは、同じ大学の経済学部に通う長須根ながすね美歌みかさんのお陰だ。


 彼女がいてくれたので、姉の先輩が声をかけて来なかったらしい。


 長須根さんを僕の彼女だって勘違いしたようだ。


 悪い気はしないけど、長須根さんの彼の間島まじままこと君に申し訳ない。


「何となく嬉しそうな顔をしているように見えるのは、私の気のせい?」


 デートで出かけた時、亜希ちゃんにその話をしたら、目が笑っていない顔で言われてギクッとした。


「そ、そんな訳ないよ。姉ちゃんの先輩が来なくなってホッとしてるんだよ」


 僕は嫌な汗を掻きながら亜希ちゃんに言い訳した。


「仕方ないよね。さすがに長須根さんのあの胸、私だって見入っちゃうくらいだもん」


 亜希ちゃんは悲しそうにため息を吐く。ええと……。この場合、何と言えばいいのだろうか?


 見入ったりしてないよ、は白々しいし、だからと言って、


「僕は巨乳の子はタイプじゃないんだ」


などと言おうものなら、亜希ちゃんの胸が小さいと言ってるのと同じだし……。


「長須根さんて、得なキャラなのよね」


 亜希ちゃんは僕の顔を見てクスッと笑いながら言う。


「どういう事?」


 亜希ちゃんはギュウッと腕を組んで来て、


「見るからに純情そうで、しかもか弱そうじゃない? 守ってあげたくなる雰囲気をかもし出しているのよ」


「ああ、なるほど。そう言えば、姉ちゃんも同じような事言ってたな」


 僕は納得がいったのでそう言ったのだが、亜希ちゃんが突然すごく嬉しそうな顔になった。


「美鈴さんも同じ事を言ってたの?」


 まさに目をキラキラさせて尋ねて来る。僕は若干引き気味に、


「う、うん。言ってたよ」


「そうなんだあ」


 亜希ちゃんは笑顔全開で頷く。姉が同じ事を言っていたのがそんなに嬉しいのだろうか?


 亜希ちゃん、どうしちゃったんだろう?


「折角だからさ、長須根さんに会いに行こうよ、武彦」


 亜希ちゃんが唐突に提案した。


「え?」


 僕はポカンとしてしまった。


「美鈴さんだって、長須根さんに会いに行ったんでしょ? だったら、私も会いに行かないと」


 亜希ちゃんは僕をグイグイ引っ張って駅へと歩き出した。


 今日は3D映画を観に行くんじゃなかったの? まあ、仕方ないか。


 亜希ちゃん、もしかして姉に対抗意識があるのかな? 何となく嬉しくなった。


 予定を変更した僕達は、長須根さんがいるコンビニに向かった。


 どうした事か、ドキドキしてしまう。


 亜希ちゃんが一緒だからだろうか?


 


 お昼近くになってコンビニのそばに着いた。長須根さんが店の前のゴミ箱を掃除しているのが見える。


「武彦、あれ……」


 亜希ちゃんが小声で囁く。亜希ちゃんが目で示したのは、長須根さんの背後にこっそりと近づく中年のオジさん。


 何をするつもりなのか、顔に描いてあるくらいわかり易い。


 朝から酒を飲んでいたのか、頬が赤く、千鳥足だ。


 ゴミ箱の掃除に集中している長須根さんは丸っきりの無防備。しかも店の前には二人しかいない。


「助けないと」


 僕は亜希ちゃんと目配せして、駆け寄った。


「いやああ!」


 一歩遅く、オジさん、いや、その男は右手で長須根さんのお尻を触ってしまった。


「何するんですか!?」


 長須根さんがキッとして振り返る。


「いいケツしてるなあ、姉ちゃん。もっと触らせてよお」


 男は嫌らしい笑みを浮かべ、今度は長須根さんの胸に手を伸ばした。


「やめてください!」


 一瞬何が起こったのかわからなかった。


 長須根さんの胸を触ろうとした男が宙を舞ったのが見えた。


「うぐぐ……」


 男は舗道に背中から叩きつけられ、呻いた。


「長須根さん、大丈夫?」


 僕は亜希ちゃんと二人で男と長須根さんの間に割って入りながら尋ねた。


「磐神先輩、怖かったですう!」


 長須根さんは泣きながら僕に抱きついて来た。


 うわあ、あれがその……。とにかくすごい……。亜希ちゃんの冷たい視線が突き刺さるようだ。


 騒ぎを聞きつけて店長が飛び出して来た。


 一年先輩の神谷さんも出て来た。


「神谷君、すぐに警察に電話を!」


 店長は痴漢や万引きに厳しい人だ。今までも店内であった痴漢騒ぎ全てを通報し、断固とした態度を取った。


「これくらい大した事ないと思うのは、加害者の理屈だ。被害者の感情を思えば、その場で叩きのめしてやりたいくらいだよ」


 そう言っていたのを思い出した。確かにそうだ。


 長須根さんは亜希ちゃんが慰めたお陰で何とか落ち着きを取り戻したが、店長の判断で帰宅するように言われた。


「今日のバイトは夕方までつけておくよ、長須根さん。気づくのが遅くて申し訳なかった」


 店長は長須根さんに頭を下げて詫びた。


「そんな、店長、やめてください。私がぼんやりしていたのが悪いんですから」


 長須根さんは店長の優しさが身に染みたのか、また目を潤ませた。


「そんな事はないよ、長須根さん。それじゃあ、痴漢行為を肯定する事になる。そんな風に考えちゃダメだ」


 店長は微笑んで長須根さんの肩を叩いた。


 


 長須根さんを一人で帰らせるのは危険だという事で、店長がついて行く事になった。


 一人残される神谷さんが僕を捨て犬のような目で見ていたが、気づかないふりをした。ごめんなさい、神谷さん。


「今日は来て良かったね、武彦」


 亜希ちゃんが駅へ向かう途中で言った。


「うん」


「これって、何か、虫が知らせたっていう感じ?」


 亜希ちゃんは真剣な表情で僕を見る。


「ホントだよね。まあ、長須根さんが思っていたようにか弱くなかったから良かったけどね」


 僕も真顔で応じた。すると亜希ちゃんはニッとして、


「それに武彦が巨乳好きだってわかったし」


「え?」


 また嫌な汗が噴き出す。僕は破れかぶれになり、


「そうだよ。僕は巨乳が好きだよ」


 開き直って言った。亜希ちゃんもそんな反応は予期していなかったのか、怒り出す事もできずに唖然としている。


「亜希は思い違いしてるよ。亜希も巨乳だよ」


 僕は顔が火照るのも構わず、亜希ちゃんに囁いた。


 さすがにあまりにも白々しいので、亜希ちゃんが怒ると思ったが、


「ありがとう、武彦」


 潤んだ目で嬉しそうに返して来た。そして、誰もいない路地でキスをした。


 それにしても、長須根さんが合気道を習っているなんて驚いた。


 東京は怖い所だからと身を守るために通っているのだそうだ。


 しかも、それが何と「西郷合気道場」だというのだから、世間は狭い。


 師範は姉の婚約者の力丸憲太郎さんのお姉さんの西郷沙久弥さん。


 長須根さんも、僕の姉が沙久弥さんの義理の妹になるのだと知り、驚いていた。


「ますます張り合いが出て来ました」


 長須根さんは嬉しそうだった。沙久弥さんについたら、全国大会狙えるかもね。


 沙久弥さんは妊娠しているけど、まだ道場に来ているそうだ。大丈夫なのだろうか?


 


 結局デートはしないままで亜希ちゃんを送り、帰宅した。


 あれ? まだ夕方なのにもう姉が帰って来ている。


 どうしたんだろう?


「只今」


 居間に入ると、姉が深刻そうな顔でソファに座っていた。


「どうしたの、姉ちゃん?」


 ちょっと怖かったけど、尋ねた。姉は顔を上げて、


「母さんにお見合いの話が来たんだ」


「ええ?」


 何それ? まさしく寝耳に水だ。


「今日、叔父さんから携帯に連絡があってさ。叔父さんが間に入って話を進めているんだって」


 姉は機嫌が悪そうだ。僕もあまり嬉しくない。


 母が再婚だなんて、考えた事もないからだ。


「姉ちゃん、仕事が手につかなくなって、早退させてもらったんだ」


 それは嘘だ。姉がその程度で動揺するはずがない。


「サボりたかったんでしょ、仕事?」


 僕は半目で姉を見て言った。姉はテヘッと笑って、


「もう、武君たら、鋭いんだからあ」


と言うと、逃げるように居間を出て行ってしまった。全く……。


 それにしても、何で急にお見合い? 叔父さんも何を考えているんだろう?


 心配だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ