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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学二年編
179/313

その百七十八(姉)

 私は磐神いわがみ美鈴みすず。社会人一年生。


 我が愚弟の武彦がアルバイトをしているコンビニの最寄り駅から二つ先の駅の近くにある建設会社勤務だ。


 それは全くの偶然であり、決して私が今時流行りの「弟大好きお姉さん」だからという訳ではない。


「本当にそうかなあ?」


 親友の藤原美智子はニコニコしながらそんな酷い事を言う。


 彼女は別の会社に就職が決まった。営業で近くに行ったので、久しぶりに待ち合わせてランチしたらその始末だ。


「何よ、私ってそんなにブラコンに見える?」


 ムッとして尋ねてみた。すると美智子はしばらくクスクス笑ってから、


「自覚してないんだ、美鈴。貴女の話の半分以上は、武彦君の事よ」


 そう言われて、ギクッとしてしまった。いかん、無意識のうちにあいつの話ばかりしているようだ。


 重症だ。確かに「弟大好きお姉さん」と思われても反論の余地がない。


「でも、私は素敵な事だと思うよ」


 そう言いながらも笑っている美智子を一発殴りたくなる。絶対に面白がっているから。


「ごめん、ごめん。気に障った?」


 涙まで浮かべて笑っている美智子を見ると、怒りが解けてしまう。


 彼女は昔からそういうところがある。


 喧嘩になりかけても、その笑顔に負けてしまうのだ。


「羨ましいの、美鈴が。私には妹しかいないでしょ? 異性のきょうだいって、どんな感じなのかわからないのよね」


 美智子はハンカチで涙を拭きながら言った。異性って……。そんな風に思った事はないぞ。


 それじゃ、漫画やアニメの変態姉弟でしょ!


「想像しちゃうのよね。もし弟がいたら、すごく可愛がっていたろうなあって」


 美智子はすでに妄想の世界だ。目も虚ろでトリップしてしまっている。


「一週間くらい貸し出そうか?」


 ニヤリとして言ってみた。すると美智子は、


「半年くらい貸してよ」


 図々しい条件を返して来た。一瞬返答に困ってしまうと、


「ははあん、そんなに長期の貸し出しは嫌なのかなあ?」


 逆にニヤニヤされてしまった。ううう……。反論できない。


 確かにあいつが半年もいなくなったら、私はどうかしてしまうかも知れない。


 美智子の言葉でそれを思い知ってしまった。


 別に変な意味ではなく、武彦は私にとってかけがえのない存在なのだ。


 婚約者の力丸憲太郎君とは違った理由で。


 


 結局、美智子にからかわれっ放しのランチだった。


 時間が来た彼女と別れて、私は次の営業先へと向かった。


 ようやく一人で取引先に行かせてもらえるようになったのは嬉しいのだが、一緒に行動していた先輩の御真津みまつ可恵かえさん達の事が心配だ。


 特に御真津さんは、武彦がいるコンビニに先日も突撃したらしいから。


 偶然、あいつと同じバイト先になった「経済学部の巨乳ちゃん」こと長須根ながすね美歌みかさんがいてくれたお陰で、御真津さんが諦めてくれたのは良かったが。


 あれ? また私、あいつの事を心配してる……。いかんいかん、このままでは本当に「弟大好きお姉さん」になってしまう。


 仕事に集中しよう。


 


 その日のノルマも無事こなし、帰路に着いた私はハタと気付いた。


 今いるのは武彦が働いているコンビニがある町だ。


 何となくムカついたので、あいつを一発殴って帰社しようと思い、コンビニに向かった。


 コンビニの前のゴミ箱を掃除している女の子がいる。


 バイト先には女子は一人だけとあいつが言っていたから、多分噂の巨乳ちゃんだ。


 仮に何人女子がいようとも、彼女に違いない。


 そう思えるくらい大きい。彼女が動くたびにユサユサと揺れる。


 どちらかと言えば、胸には自信があるのだが、あれには負けた。


 武彦の彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんがヤキモキしたのもわかる気がした。


「こんにちは、長須根さん」


 私は彼女を驚かそうと思い、いきなり名前を呼んで話しかけた。


「ああ、磐神先輩のお姉さんですね? いつもお世話になっています」


 しかしどうした事か、彼女は全然慌てず、独特のイントネーションとスピードで挨拶を返して来た。 


 驚いたのは私の方だった。


 話を聞いてみると、私って、コンビニの店員さんに大人気で、写メを見せられたのだそうだ。


 モテる女って、罪ね。ムフフ。


 でもいつの間に撮られたのかな? まあ、いっか。


「弟はいますか?」


 私は店の中を覗きながら長須根さんに尋ねた。すると長須根さんは、


「磐神先輩は今日は遅番なんです。私が帰ってから来るそうです」


 寂しそうに答えた。私が怪訝そうな顔をしていたのだろうか、彼女はハッとしたように、


「ああ、そういう意味じゃないですから。私、付き合っている人がいますから、磐神先輩の事はですね……」


「わかってるわよ。そんな勘繰り、しないから安心して」


 私は微笑んで言った。長須根さんはホッとしたようだ。


 彼女はバイト先に武彦がいたのを知った直後に亜希ちゃんにメールをした。


 それほど、武彦と亜希ちゃんに気を遣ってくれているのだ。


「磐神先輩は優しくて、何だかホントの兄ちゃのような気がしてしまうんです。だから、先輩と会えないと寂しくて……」


「そうなんだ……」


 武彦は長須根さんの事が本当の妹のような気がして来たと言っていた。


 私も彼女が自分の妹のような気がしてしまう。


 可愛いと思った。こんな純情な子、貴重だとも思った。


「これからも武彦と仲良くしてね」


「ありがとうございます、お姉さん」


 長須根さんが涙ぐんで応じたので、私は苦笑いしてしまった。


 来たついでにアイスと飲み物を買い、長須根さんばかりでなく、コンビニの店長さんにまで見送られ、私は会社に戻った。


 武彦、いいバイト先だな。長く続けろよ。

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