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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学二年編
171/313

その百七十

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学二年。


 先日、駅のホームで我が姉だけでなく、姉が勤務する会社の「姉ーズ」に出くわし、取り囲まれた時は怖かった。


 その時ばかりは姉が僕の味方になってくれた。


 ホームに入って来た各駅停車に僕を誘導し、自分は先輩の社員さん方と続けて入って来た快速に乗り込んだ。


 あの時ほど姉を頼もしく思った事はない。


「姉ちゃん、ありがとう」


 すぐに電車の中からお礼のメールを送ったほどだ。


「これからも会う事があるだろうから、気をつけろ」


 姉からの返信に脅えてしまった。そうなの?


 バイト終わりにも何となく怖くて、周囲を警戒しながら帰ったほどだ。




 そんな話を次の日に彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんにすると、


「今度から私がボディガードでついて行こうか、武彦?」


と言われてしまった。情けない。


「いや、大丈夫だよ。姉の会社の人だから、常識はあると思うので」


 僕は亜希ちゃんの気持ちに感謝しながらも、丁重にお断わりした。


「そこがいけないのよ、武彦。誰にでも優しいから、つけ入られるの」


 亜希ちゃんはムッとしている。


「はい」


 僕はかしこまって返事をした。


「美鈴さんの先輩の方なら、そんなに心配要らないと思うけど、私が一緒にいた方が、何も言わなくてもいいから、手っ取り早いでしょ?」


 何故か顔を赤らめて言う亜希ちゃん。どうしてなんだろう?


 ああ。ヤキモチなのか。


 これって、喜んでいいんだよね? 僕はそれだけ亜希ちゃんに愛されているって事だよね?


「そうだね。今日、コンビニまで来る? バイトの先輩達にも、亜希を紹介したいから」


 あまり会わせたくはないんだけど、最近「彼女はいない疑惑」まで浮上して来ているからなあ。


「え? いいの?」


 すごく嬉しそうな亜希ちゃんを見て、もう後戻りできないと悟った。


 


 そして、滞りなく講義は終了し、駅へと向かう。


 いつにも増して嬉しそうな亜希ちゃんを見ていると、僕まで心が弾んで来る。


「そんなに嬉しいの、僕のバイト先に行くの?」


 僕は疑問に思ったので、尋ねてみた。


「うん、嬉しいよ。だって今まで、そういうのって、全然なかったから」


 ニコニコしながら応じる亜希ちゃんを見て、


(そう言えば、そうかも)


 妙に納得してしまった。


 昨日姉の会社の人と出会ったホームに降りる時、少しだけ緊張したけど、誰もいなかった。


 考えてみれば、そう毎日会うはずないんだよね。




 無事にコンビニに着いた時は、正直言ってホッとした。


 何しろ、姉の会社はコンビニの最寄り駅の二駅先だからだ。


「ここが武彦が働いているコンビニ……」


 何故か感慨深そうに店舗を見渡す亜希ちゃん。


 それほどの事なのかな、と少しだけ疑問に思った。


「あ、こっちだよ、亜希」


 普通に表から入ろうとする亜希ちゃんを呼び止め、裏口に回り込む。


「お疲れ様です」


 僕はドアを開けて挨拶をし、亜希ちゃんを呼び込んだ。


 そこは事務室なんだけど、三人同僚がいて、どよめきが起こった。


「うわ、磐神君の彼女?」


「へえ、すっごい美人じゃん!」


 何だかこそばゆくなって来るような言葉。


 亜希ちゃんも恥ずかしそうに挨拶していた。


「仕事場に彼女なんか連れて来て!」


と言われるかと思ったけど、みんな亜希ちゃんの登場に大喜びしていたので良かった。


 しかし、仕事の邪魔になるからと亜希ちゃんはすぐに帰ってしまった。


「また来てくださいね」


 同僚達は亜希ちゃんの姿が見えなくなるまで手を振っていた。


 凄い人気。心配になるくらいだ。


 確か皆さん、彼女いるはずなのに。


「羨ましいなあ、磐神君が。お姉さんが美人なだけじゃなくて、彼女まで美人なんだもんなあ」


「ホントだよ。俺の彼女、都坂さんに比べたら、もう……」


 そんな言い方は良くないと思いながらも、自分の彼女を誉められると嬉しい。


 姉も亜希ちゃんも、確かに奇麗だとは思うけど、そこまで感動する程の美人だろうかと思ってしまうのは、僕に慣れが出て来ているって事かな?




 バックヤードで掃除をしていると、表が騒がしくなり、


「磐神君、お姉さんがいらしたよ」


 一年先輩の人が呼びに来てくれた。


「ええ?」


 姉まで来るとは思わず、ちょっと疲れが出そうだ。


 小さく溜息を吐いて掃除用具を片づけると、店内に出た。


「おう、武、大丈夫だったか?」


「は?」


 姉の奇妙な一言に首を傾げていると、


「実はさ……」


 姉が事情を説明してくれた。


 どうやら、昨日会った皆さんがここを知り、「襲撃」しようとしていたらしい。


 知らなくて良かった。知っていたら、怖くて仕事にならなかったよ。


「課長に相談したら、逆の方向に仕事を入れてくれたんだ」


 姉はニヤッとして教えてくれた。


「亜希ちゃんも心配して、ここまでついて来てくれたんだよ」


 僕が言うと、姉は呆れ顔になり、


「お前、それ、情けないぞ。恥ずかしいと思え」


「そうなんだけどさ、ここの人達に亜希ちゃんを紹介したくて……」


 すると姉は半目になって、


「何だよ、姉ちゃんがここに来ると迷惑そうな顔をするくせに。はいはい、お熱い事で」


と言い、店を出て行ってしまった。何だか急に機嫌が悪くなったな。


 家に帰るのが怖くなって来たぞ……。


 姉の反応は時々理解不能な事がある。もしかして、亜希ちゃんに嫉妬してるの?


 でも、思うんだよね。


 亜希ちゃんと姉に対する愛情は種類と次元が違うから、どっちが上って事はないんだと。


 二人のどちらにもそんな事は怖くて言えないけど。

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