表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学二年編
170/313

その百六十九(姉)

 私は磐神いわがみ美鈴みすず。社会人一年生。


 この前、婚約者の力丸りきまる憲太郎けんたろう君の柔道の大会があった。


 夢にまで見たオリンピック。憲太郎君はまさにそのために毎日練習に打ち込んで来た。


 でも、世の中はそれほど自分達に都合よくできている訳ではない。


 憲太郎君は同じ階級の最大のライバルに負けてしまい、オリンピックへの夢は断たれた。


「ごめんね、美鈴。生キャサリン妃に会わせてあげられなくて」


 残念会でも、本当は辛いはずなのに私を気遣ってくれた。


 でも、ちょっぴり残念だったのは、絶対に内緒にしなくては。


 などと不届きな事を考えていたら、会がお開きになっての帰り道。


「ロンドンには、新婚旅行で行こうか」


 思わず憲太郎君を見てしまった。冗談を言っている顔ではない。


「本気だよ」


 憲太郎君はいつもと変わらない爽やかな笑顔で私を見ている。


「憲太郎」


 私は周囲に誰もいないのを確認して、彼に抱きつき、キスをした。


「美鈴……」


 憲太郎君は目を丸くして驚いていたが、優しく応じてくれた。


 


 そして、翌日から日常が戻って来た。


 憲太郎君はお父様が経営している会社で一営業としてスタートする事になっている。


 応援に行きたいのだが、


「恥ずかしいからやめて」


と拒絶されてしまった。


 それだけではない。私にも仕事があるのだ。


「磐神さん、明日もよろしくね」


 先輩方の信頼が絶大なのだ。


 アルバイトをしていた建設会社は大手ではなかったが、社長の顔が広く、そのつながりで私も建設業界で顔が広いのだ。


 そのお陰で、随分と先輩方に重宝されている。


 男子の先輩方は、最初は下心ありありで近づいて来たが、私の婚約者が力丸憲太郎と知り、ビビった人達がいた。


 憲太郎効果は絶大で、セクハラもないし、強引な飲みのお誘いもない。


「飲みの誘いがないのは、貴女の彼氏のせいと言うより、貴女自身のせいじゃない?」


 入社五年目の先輩、御真津みまつ可恵かえさんが微笑みながら言った。


 今、私達は営業の帰り。駅のホームで電車を待っているところだ。


「そうかもねえ」


 頷いて同意したのは、御真津さんと同期の神沼かみぬま美弥みみさん。


 どちらも弟がいるという他人とは思えない人達だ。


 しかもどちらも絶対服従の弟さんらしい。何だかますます他人とは思えない。


「へえ、そうなんですか」


 興味深そうに会話に加わって来たのは、一年先輩の沖永おきなが未子みこさん。


 この人は弟ではなく、お兄さんがいる。噂ではイケメンだそうだ。


「どういう意味ですか?」


 私は心当たりがあるのだが、敢えて惚けて訊いてみた。


「だって、磐神さんて、ザルなんだもん」


 神沼さんが溜息交じりに言った。やっぱり……。


「そりゃ、男共は、自分達よりお酒が強い女子を誘わないわよね」


 御真津さんも呆れ気味だ。


「へえ、そうなんですかあ」


 沖永さんはニコニコしながら私の顔を覗き込む。


「それよりさ、この駅、確か磐神さんの弟さんが通ってる大学の最寄り駅よね?」


 御真津さんが妙に嬉しそうに言い出す。私は思わずビクッとした。


 こんなところに武彦が来たら、取り囲まれそうだ。


 あいつ、ちょっと初対面の女性には恐怖を感じる傾向があるようだから、守ってあげないといけないな。


「そろそろ来る時間なんじゃない、弟さん?」


 神沼さんまで肉食動物のように目を光らせて言う。私も怖くなりそうだ。


 愚弟の武彦の間の悪さと言ったら、世界選手権があれば、準決勝までは確実に残りそうなほどだからなあ。


 本当に現れそうで困る。


 などと考えていたら、


「ねえ、あれ、磐神さんの弟さんじゃない?」


 御真津さんが耳元で囁いて指差す。私はドキッとして階段の方を見た。


 間違いない。武彦だ。ああ、何て事だ。


 あいつも私に気づき、顔を引きつらせている。今から知らないふりもできない。


 こんな事になるとわかっていたら、あいつの写真を見せたりしなかったんだけどな。


 仕方ない。何とか守らないと。


 私は意を決して武彦に声をかけた。


「おう、武、いいとこに来た!」


 私はうまく切り抜けるために武彦に近づき、作戦を練ろうと思ったが、


「わあ、可愛い、磐神さんの弟さん!」


 たちまち先輩方に武彦を取り囲まれてしまった。


 可愛い? そんな風に言われると、何だか誇らしくなってしまう私。


「いやあ、そんなに可愛くないですよ」


 武彦は女性三人に至近距離で見つめられて、顔が真っ赤だ。


「ねえねえ、彼女とかいるの?」


 御真津さんがいきなり核心を突く質問を投じた。


 武彦は困った顔をして私を見る。


「いますよ。幼馴染みの子です」


 私はすかさず答えた。武彦はホッとした顔になった。


「何だ、そうなの。弟って、モテる属性なのかしら? 私の弟も、神沼さんの弟も彼女いるわよね?」


「そうねえ」


 そう言いながらも、武彦を解放するつもりがないお二人。その上、


「私の兄もイケメンだけど、磐神さんの弟さんもイケメンね」


 沖永さんまで悪乗りしている。まあ、弟がイケメンと言われて、悪い気はしないけど。


 只、当の武彦は限界寸前だ。


「あ、先輩、電車来ましたよ」


 私は先輩方を誘導し、武彦に早く逃げるように目で合図した。


 武彦は隣のホームに入って来た各駅停車に乗り込んだ。


 私達は快速に乗り込み、会社のある駅に向かう。


「磐神さん、弟さんを私達から守ろうとしたでしょ?」


 御真津さんが座席に腰を降ろしながら私を見上げる。


 私は御真津さんの前に立ち、


「そんな事はないですよ」


「そうかなあ」


 御真津さんの隣に座った神沼さんがニヤニヤして言う。


「まあ、その気持ち、わかるわ、磐神さん。御真津先輩と神沼先輩には、私も兄を狙われたから」


 沖永さんから衝撃の事実を教えられ、私は唖然とした。


「それを言わないでよ、未子ちゃん。あの時は私、随分と酔ってたから……」


 御真津さんは照れ臭そうに応じているが、否定はしない。


 すごい先輩方がいる会社に入ってしまった。


 武彦には気をつけるように言っとかないと……。


 心配の種が増えたなあ。ふう……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ