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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学二年編
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その百六十五(亜希)

 私は都坂みやこざか亜希あき。大学二年。


 幼馴染みでその上彼氏にもなってくれた磐神いわがみ武彦たけひこ君とは順調。


 今では「亜希」「武彦」と呼び合うほど親密度が増している。


 それほどの仲なのに私は武君の事を信用し切れていない自分に呆れてしまった。


 この前も、経済学部の一年生の子が武君に話しかけていたのを見て見苦しいほど嫉妬してしまった。


 武君のお姉さんの美鈴さんから電話をもらわなければ、自分の愚かしさに気づかなかったかも知れない。


 武君とは、美鈴さんのお陰で元通り。


 彼の優しいキスで許してもらえた事がはっきりして、本当に嬉しかった。


 それでも、あの経済学部の子、どうして武君に近づいて来るのか、それは気になる。

 

 武君にそんな気はないのははっきりわかっているけれど、彼女の考えも確かめておきたい。


「彼女さん、磐神先輩とラブラブなんですね」


 そんな事を言うのは何か裏があるからだとは、最近急速に仲が良くなっている長石ながいし姫子きこさんの言葉。


「あの言葉は宣戦布告よ、亜希ちゃん。警戒した方がいいわ。仮に磐神君があの子に全然興味がないとしてもね」


 姫子さんは私を焚きつけているのだろうかと思えるような事を言った。


「そんな風には見えないですよ。純情そうな子みたいですし」


 私はあの子がそこまで嫌な子だとは思いたくない。


 でも、何だか気になってしまうのは、彼女が巨乳だから……。


 私は自分の胸が小さいとは思っていないけど、でもあれほど大きくはないのはわかっている。


 姫子さんの話だと、姫子さんの彼である若井わかいたける君も、彼女の胸に興味があるらしいのだ。


「さすがにあの子には負けると思うから、私もちょっと不安なのよね」


 姫子さんは谷間が見えるような服をいつも着ているほど胸には自信があるようなのだが、あの子には敵わないと認めていた。


「男って、何だかんだ言って、結局胸の大きい子が好きなのよ」


 たちばな音子おとこさんまでそんな事を言い出す。


 橘さんの彼の丹木葉にぎは泰史やすし君も、若井君ほどではないが、あの子の胸を気にしていたらしい。


「それも少しぼんやりした子が好きなのよね」


 姫子さんはムッとして言った。


「私と音子ちゃんの事はともかく、亜希ちゃんはあの子にどうして磐神君に近づくのかは訊いた方がいいわよ。理由次第では、対策を考えないといけないし」


 姫子さんは闘志満々だ。私よりヒートアップしているかも知れない。


「取り敢えず、今日、彼女に話をしてみます」


 私は姫子さんと橘さんにそう告げて、「三者会談」を終えた。


「もう大丈夫?」


 手持無沙汰そうな顔で若井君が尋ねた。


「ええ、もう終わったわ。でも、ちょっと待ってて」


 姫子さんが学部棟のロビーを見渡して言った。


「何?」


 武君と丹木葉君も辺りを見回している。


「あ、来た」


 一番最初に気づいたのは、若井君だった。少し嬉しそうなので、姫子さんのご機嫌が悪くなる。


「あ、磐神先輩、おはようございます」


 独特のイントネーションで、その子はまた武君に挨拶した。


 長須根ながすね美歌みかさん。それがその子の名前。


 私は意を決して彼女に近づく。


「あ、彼女さん、おはようございます」


 長須根さんは屈託のない笑顔で私に頭を下げた。


 何だかこの笑顔を見ると、何も言えなくなってしまいそうだ。


「あ、えっと、亜希……」


 私が彼女に近づいたので、武君がびっくりして間に入ろうとした。


「武彦、私、長須根ながすねさんと話をしたいの」


 私は微笑んで告げる。何故か武君の顔が引きつったのがわかった。


「ちょっといいですか?」


 私は長須根さんを見て尋ねた。


「はい、いいですよ」


 長須根さんは何も警戒した様子もなく、応じてくれた。


 武君はオロオロしていたが、別に私は長須根さんを問い詰めるつもりではない。


 只、話がしたいだけだ。


 私達はロビーの脇にある背もたれのない長椅子に並んで座った。


「自己紹介していなかったですね。私は磐神武彦の彼女で、都坂亜希と言います」


 私は長須根さんを真っ直ぐ見て言った。


 武君達が離れてこちらを見ているのがわかる。


「私は、長須根美歌と言います」


 長須根さんは眩しいくらいの笑顔で言う。私は何故か後ろめたい気持ちになってしまった。


「時間がないので、単刀直入にお尋ねしますね」


 私が言うと、長須根さんは微笑むのをやめ、私を見た。


「はい」


「貴女は何故、武彦に毎日わざわざ声をかけに来るのですか?」


 言っちゃった。私の思い過ごしなら、とても失礼な質問だと思う。


「言わなくちゃダメですか?」


 長須根さんは俯いて言った。その言葉にドキッとしてしまった。


「どういう事ですか?」


 私はとても怖かったけど、尋ねた。長須根さんは何故かとても悲しそうな顔になって、


「磐神先輩、私の死んだにいちゃんによく似てるんです」


「え?」


 亡くなったお兄さんに似ている? 私、何て事を訊いてしまったの……。


「最初にお会いした時は、全くの偶然でしたので、ホントに驚きました。にいちゃが現れたのかと思って……」


 私は言葉が出ない。どうしたらいいの?


「それで、思わず声をかけてしまって……。それっきりにしようと思ったんですけど、どうしてもまた顔が見たくなって……」


 長須根さんは涙ぐんでいた。ああ、こんな純粋な子を疑った上、心の傷を突くような事を訊いてしまうなんて……。


「でも、彼女さんにしてみたら、知らない女が彼氏さんに声をかけるなんて、許せないですよね。すみませんでした」


 長須根さんは長椅子から立ち上がると、深々と頭を下げた。


「とんでもないです。私こそ、貴女に酷い事を言ってごめんなさい」


 私は慌てて立ち上がり、頭を下げた。


「都坂先輩……」


 顔を上げると、長須根さんが涙で潤んだ目を向けている。


「武彦にはこれからも話しかけてください。遠慮しないで」


 私は零れそうになった涙を拭って言った。


「ありがとうございます、都坂先輩」


 長須根さんはもう一度頭を下げた。


 こうして、私達はお友達になった。


 


 その日、武君と駅のホームでいつものように別れると、私は携帯を取り出して、美鈴さんに電話した。


「あら、亜希ちゃん、珍しいわね。どうしたの?」


 美鈴さんはちょうど取引先から戻る途中で、電車を待っているところだった。


 私は今日あった事を手短に説明した。


「長須根さんとお友達になれたのは、美鈴さんのお陰です」


「え? そうなの? 違うと思うよ」


 美鈴さんは笑いながら言ってくれた。


「ありがとうございました」


 私が感謝の気持ちを伝えると、美鈴さんは照れたみたいで、


「ああっと、もう電車来たから、切るね」


「はい」


 いいお姉さん。そして、長須根さんのお兄さんて、どんな人だったのだろう?


 武君に似ているのだから、とってもいい人だろうな。

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