その百六十一
僕は磐神武彦。とうとう大学二年になった。
長かった春休みも終わり、久しぶりの通学。
彼女の都坂亜希ちゃんとの楽しい電車通学がまた始まった。
一年の時より、専門科目が増え、講義内容もレベルが高くなる。
何となくドキドキしてしまう。
「おはよう。久しぶり」
学部棟に向かう途中で、同じ外国語クラスの長石姫子さん達と会った。
「おはようございます」
約三ヶ月ぶりくらいに会うと、やっぱり長石さんてインパクトが強い人だと改めて思ってしまう。
「おはよう、都坂さん、磐神君」
亜希ちゃんと同じ外国語クラスで、長石さんの彼氏の若井建君と長石さん、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいラブラブだ。
「おはよう」
そこへやはり同じ外国語クラスの丹木葉泰史君が、幼馴染みで彼女の橘音子さんと現れた。
こちらの二人は絵に描いたような初々しいカップルだ。
幼馴染み同士でカップルって、何だか親近感が湧く。
「みんな元気そうで良かった」
最年長の長石さんが嬉しそうに言ってくれた。
久しぶりに顔を合わせたので、お昼を一緒に食べようという事になった。
「でも、私達、お弁当なので……」
亜希ちゃんが申し訳なさそうに言うと、
「私達も」
長石さんと橘さんがバッグから可愛いキルト地の袋に入った弁当箱を出してみせた。
「都坂さんと磐神君がいつも仲良くランチしてるの見ていて、二人で話し合って今年からはお弁当にしようって決めたの」
長石さんと橘さんは微笑み合って「ねー」と頷き合っているが、若井君と丹木葉君は苦笑いしている。
「橘さんは料理上手みたいだけど、姫子はさあ……」
若井さんが衝撃発言をすると、長石さんが慌てて、
「もう、バカ建、それをここでばらさないでよ!」
酷く慌てて顔を赤らめる長石さん、何だか可愛かった。あ、亜希ちゃん、ごめん……。
一年前、初めて会った時、僕はここまでこの人達と仲良くなれるとは思っていなかった。
何だか不思議な感じがする。
「じゃあ、お昼休みは中庭に集合という事で!」
長石さんがすっかり場を仕切り、僕達はそれぞれの講義へと向かった。
「どうしたの、武彦?」
亜希ちゃんにそう尋ねられて、僕は自分が思い出し笑いをしているのに気づいた。
「あ、ええと、みんなでランチなんて、去年の今頃は考えられない事だったなあって……」
僕は亜希ちゃんに言われたのが恥ずかしくて、頭を掻きながら応えた。
「そうだね」
亜希ちゃんはニコッとした。
「いろいろあったもんね」
しみじみ思い出すと、僕達は随分頑張ったなあとも思えた。
そして、講義を終えてお昼休み。
僕達は中庭の芝生の上でランチタイムに入った。
それぞれがお互いのお弁当の内容を気にしながら、蓋を取る。
贔屓目ではなく、亜希ちゃんのお弁当が一番だと思った。
「もうこれっきりにしようよ、みんなでお弁当は」
長石さんのお弁当が運び方に問題があったのか、片側に寄ってしまっていて、玉子焼きの裏側が真っ黒だったのを嘆いた若井君が言った。
「ごめん、建! 次は頑張るからさ……」
ポジティブな長石さんはリベンジを勝手に宣言していた。
亜希ちゃんと二人きりで食べるのも楽しいけど、たまにはこうやってみんなでわいわい食べるのも楽しいな、と思った。
「またやりたいね、ランチパーティ」
亜希ちゃんが耳元で囁いた。
「うん」
僕はふわとろの玉子焼きを食べながら頷いた。
そして結局、若井君の願いも虚しく、ランチ大会はまた開催される事になった。
何となく若井君に同情してしまった。
「ねえねえ」
解散した後、長石さんが一人で僕達を追いかけて来た。
「はい?」
僕と亜希ちゃんは同時に振り返り、長石さんを見た。長石さんは何故かもじもじして、
「都坂さん、今度お料理教えてくれる?」
僕は思わず亜希ちゃんと顔を見合わせてしまった。
「いいですよ、長石さん」
もちろん亜希ちゃんは快諾した。
「ありがとう。それからさ」
長石さんはまだもじもじしている。
「何ですか?」
亜希ちゃんは長石さんのもじもじが面白いのか、クスクス笑いながら尋ねた。
「私達、名前で呼び合わない?」
「え?」
亜希ちゃんはキョトンとした。
「私は姫子でいいから、貴女の事、亜希ちゃんて呼びたいんだけど」
亜希ちゃんは合点がいったのか、ニコッとして、
「ええ、いいですよ、姫子さん」
「わあ、ありがとう、亜希ちゃん! じゃあ、またね!」
長石さんは嬉しそうに手を振りながら駆けて行った。
「良かったね、亜希」
僕は亜希ちゃんが嬉しそうだったので、そう言ってみた。
「うん」
亜希ちゃんは微笑んで僕の左腕に右腕を絡ませて来た。
講義を終え、いつものように亜希ちゃんとは駅でお別れ。
「また明日ね、武彦」
「うん」
お互い見えなくなるまで手を振り合った。
そして、バイト先のコンビニへ向かうため、電車に乗り込んだ。
コンビニに着き、仕事開始。ここには春休み中も何日も来ていたので、大学に行った時のような雰囲気はない。
ところが、だ。僕は忘れていたのだ。
「いらっしゃいませ」
自動ドアが開いたので大きな声で挨拶し、固まってしまった。
「おう、頑張ってるな、武」
そう、我が姉が現れたのだ。
恐ろしい事に、姉の就職した会社は、僕がバイトしているコンビニから二駅先にある。
同じ沿線なのだ。まさかとは思うが、弟を監視するために就職先を決めたのだろうか?
いや、いくら何でもそれはないだろう。
外面だけはいい姉は、店長にもバイト仲間にも愛想よく振る舞い、すっかり打ち解けてしまった。
一種の才能だろうか? それだけは尊敬してしまう。
姉が帰った後、いろいろ訊かれた。
恋人はいるのか、とか、何歳なのか、とか。
それも、店長にまで……。店長、奥さんも娘さんもいるんですよね?
ダメですよ、そういうのって。
それにしても、姉はモテるんだなあ。久しぶりにそれを実感した。
誇らしい反面、しばらくこんな状態が続くのかと思うと、げんなりしてしまう。
まあ、いいか。自慢の姉だもんね。