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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学一年編
161/313

その百六十

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。もうすぐ大学二年。


 今日は姉の婚約者である力丸憲太郎さんのお姉さんの沙久弥さんと西郷隆さんの結婚式。


 礼拝堂での感動に包まれた式、僕の彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんがブーケを取ってしまうというちょっとまずい展開などがあり、いよいよ披露宴。


 憲太郎さんの話だと、かなり変化に富んだイベントになるらしい。


 すでに力丸家と同じテーブルの我が姉美鈴はハプニング全開みたいだけど。


 デジカメで撮っておきたいくらいだが、後が怖いのでできない。


「それでは、新郎新婦の入場です」


 司会の人の言葉を合図に、場内の照明が一斉に消え、扉の一つにスポットライトが当たる。


 式場のスタッフが観音開きの扉を押し開けると、その向こうにはさっきのウエディングドレスを着た沙久弥さんと警察官の制服に着替えた西郷さんが現れた。


 そして、結婚行進曲が流れ、二人は場内の奥にある金屏風きんびょうぶしつえた席へと歩き出す。


 たくさんの人がカメラを手に持って立ち上がり、ストロボがたくさん焚かれる。


 姉はこれ幸いと思ったのか、デジカメを片手に席を立ち、一番前で撮影している。


 沙久弥さんのお母さんの香弥乃かやのさんとお父さんの利通さんはもう目を潤ませている。


 と思ったら、ウチの母もすでに泣いていた。


 姉が号泣しているのを心配していた母だが、姉の式の時、僕はどうすればいいかわからないくらい大変かも知れないと思った。


 二人はゆっくり進んで席に着いた。


 姉はしつこく撮影を続けていたが、憲太郎さんに引き摺られるようにして戻って来た。


 恥ずかしい……。あちこちから失笑が漏れていたよ。


「それでは、新郎新婦がお席に着きましたところで、西郷家並びに力丸家の結婚披露宴を開宴させていただきます」


 司会の人が宣言した。


「最近の披露宴は、仲人さんがいないのね」


 母が言った。言われてみればそうなのかも知れないが、結婚式も披露宴も初体験の僕にはわからない。


 母の話だと、まず最初に仲人さんの挨拶があったそうだ。


「母さんは結婚式も披露宴もしてないけどね」


 母はおどけて言っていたが、結構羨ましそうだ。


 それはそうだろう。一生に一度の晴れ舞台だもんね。


「私達の時はどうしようか、武彦?」


 亜希ちゃんに耳元で囁かれ、全身が火照ってしまった。


 僕には想像もつかない。こんな立派な式を挙げる事ができるのだろうか?


 今から落ち込みそうだ。


 やがて、来賓の方々の祝辞が始まった。


 沙久弥さんの側からは合気道関連の方々、西郷さんの側からは警察関係の方々。


「皆さん、くれぐれも申し上げておきますが、飲酒しての運転は絶対になさらないでください」


 西郷さんの直属の上司の人が、警察官らしい事を冗談めかして言い、笑いをとっていた。


「では、続きまして、ケーキ入刀です」


 司会の人が告げると、またたくさんの人がカメラを片手に席を立つ。


 どこからともなく高さが二メートルくらいある大きなウェディングケーキが登場した。


 場内がどよめく。


 憲太郎さんの話だと、沙久弥さんの合気道の生徒さんの中にパティシエがいて、その人がわざわざ作ってくれたらしい。


「そんなところも手作りにこだわったんだよ」


 憲太郎さんは爽やかな笑顔で教えてくれた。


 姉を探すと、また誰よりもいい場所で撮影している。


 恥ずかしい……。


 ケーキ入刀が終了し、次は乾杯。


 僕と亜希ちゃんは未成年なのでノンアルコールのドリンクにした。


 姉は香弥乃さんにビールを注がれ、恐縮していた。 


「かんぱーい!」


 沙久弥さんが昔通っていた合気道の道場の師範が音頭を取った。


 さすが合気道の達人という感じで、声がよく通った。


「かんぱーい!」


 僕は亜希ちゃんとグラスを合わせ、微笑み合った。


 僕らもこんな風にみんなに祝福される結婚式をしたいな。


 ふと思った。


 そして、披露宴はお食事タイムに入り、新郎新婦はお色直しで退席した。


「武彦くーん」


 やがて、すっかりでき上がっている感じの西郷さんのお姉さんの依里えりさんと詠美えいみさんがやって来た。


 一番声をかけられたくない人達だ。


「お母さん、武彦君を私にくらさい」


 酔った勢いで依里さんがとんでもない事を言い出す。


 母は苦笑いし、亜希ちゃんは顔を引きつらせている。


「なーに言ってるのよお、依里姉ったらあ。武彦君はわらしと結婚するの」


 詠美さんまでそんな事を言い出す。


 外務省と法務省のキャリア官僚なんだよね、二人は。


 大丈夫なんだろうか?


「依里、詠美、いい加減にしなさい」


 するとそこへ、西郷シスターズの長女である恵さんが現れた。


 途端に借りて来た猫のように大人しくなる依里さんと詠美さん。


「申し訳ありません」


 恵さんは僕達に深々とお辞儀をし、次女の翔子さんと共に二人の襟首を掴んで席に帰って行った。


「すごいわね、西郷さんのお宅は」


 母はすっかり仰天していた。


 亜希ちゃんはホッとした顔をしていた。


 そんな騒ぎがあって、


「新郎新婦、お色直しが整いました」


 また扉にスポットライトが当たり、西郷さんと沙久弥さんが入場した。


 西郷さんは紋付き羽織袴姿で、沙久弥さんは白無垢だ。

 

 式場の雰囲気からすると違和感があるが、でもいい。


 声が出ないくらい奇麗だ。


 あちこちから溜息が聞こえる。


 西郷さん、また沙久弥さんを見ていない。


 スポットライトでよくわからないけど、西郷さんの顔は多分真っ赤だろう。


「奇麗ね、沙久弥さん」


 亜希ちゃんの声にギクッとし、彼女を見た。


 しかし、亜希ちゃんは涙ぐんで沙久弥さんを見ており、僕を睨んではいなかった。


 ウエディングドレス姿の沙久弥さんも奇麗だったけど、白無垢の沙久弥さんはちょっと妖艶で、ドキッとする美しさだ。


 西郷さんが羨ましい、なんて思っちゃいけないんだよね。


 ごめん、亜希ちゃん。


 また姉が接近して撮影していた。


 あの張り切りぶり、どうしてなんだろうと思ったが、どうやら席に着いているのが苦痛で、張り切っているフリをしているだけらしい。


 姉らしい。


 新郎新婦が着席すると、祝電の披露が行われた。


 読み上げられる人達のそうそうたるお名前に圧倒される。


 警視総監、芸能人、果ては外国の有名人まで。


 どちらの人脈なのだろう?


「西郷さん、外国の方の警護も担当した事があるから、その関係だよ」


 憲太郎さんが教えてくれた。


 その後、新郎新婦の友人の人達の余興があり、場内はなごやかムード一色になった。


「ここで、新郎新婦の生い立ちを紹介させていただきます」


 司会の人の声が聞こえた。


 場内の照明が落ち、壁にスライド上映が始まった。


 まずは西郷家。


 産まれたばかりの西郷さんとお父さん、お母さん。


 お母さんはやっぱり長女の恵さんによく似ている。


 お父さんは西郷さんとそっくりだ。


 幼稚園、小学校、中学校、大学、警察と写真が進む。


 西郷さんの実直な性格がとてもよく現れていた。


 続いて、力丸家。


 産まれたばかりの沙久弥さん。


 もうすでに可愛い。またしてもごめん、亜希ちゃん。


 そして一緒に写っている香弥乃さんが今の沙久弥さんに瓜二つ。


「そっくりー!」


 あちこちでそんな声が上がり、香弥乃さんは恥ずかしそうに俯いていた。


 そして、憲太郎さんが一緒に写っている写真。


 あれ?


 ふと姉を見ると、泣き崩れている憲太郎さんを慰めていた。


 憲太郎さん、ずっと頑張っていたんだ。


 でも、とうとう堪え切れなくなったんですね。


 いいんじゃないですか、泣いても。


 僕も姉の結婚式では、思い切り泣くつもりですから。


 憲太郎さんが泣いたのを切っ掛けにして、姉、香弥乃さん、利通さん、そして母と亜希ちゃんまで泣き出してしまった。


 泣くポイントが違うような気がするけど、まあいいか。


 そしてその余波は周囲の席にも及び、泣いている人がいた。


 そして沙久弥さんを見ると、沙久弥さんも泣いていた。


 家族が泣いているのを見て、泣いてしまったのだろうか?


 西郷さんが気遣って声をかけている。


 沙久弥さんは涙を流しているだけで、泣き崩れてはいなかったけど。


 


 そんな涙脆い一家だから、最後の花束贈呈と手紙を読み上げる時には、もう始まる前から姉と憲太郎さんは泣いてしまっていた。


 当然の事ながら、母も亜希ちゃんももらい泣き。


 頑張って堪えていた僕も、沙久弥さんが手紙を読むのを聞いてとうとう泣いてしまった。


 内容を覚えていないほど、とにかく泣いてしまった。


「いいお式だったね」


 亜希ちゃんがハンカチで涙を拭いながら囁いた。


「うん」


 僕もハンカチで涙を拭いながら応えた。

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