その十五
僕は磐神武彦。高校二年。
凄く頼りになる姉、そしてその姉の彼、更にもう僕の女神様と言っても過言ではない、同級生で幼馴染で、とうとう彼女になった都坂亜希ちゃんのおかげで、何とか留年は免れた。
本当にホッとした。
追試の結果がわかり、進学できるのが確定したので、久しぶりに亜希ちゃんとカラオケデートをした。
「良かったね、武君」
亜希ちゃんは自分の事のように喜んで、涙まで流してくれた。
僕はそれを見てもらい泣きしてしまい、更に亜希ちゃんが僕が泣いたのを見て泣いてしまった。
でも、人生でこれほど喜んだ事はない。
高校に合格した時ですら、ここまで嬉しくなかった。
やっぱり、今は亜希ちゃんという存在があるからだろう。
もし、進学できなかったら、亜希ちゃんと一緒に卒業できなかったから。
「美鈴さんと憲太郎さんにもお礼をしないとね」
亜希ちゃんが言った。僕もそう思っている。
姉には照れ臭くて言いにくいけど、憲太郎さんには本当に感謝しているから。
姉の教え方はスーパースパルタ方式だが、憲太郎さんの教え方は、まさしくプロ級だった。
憲太郎さんは、家庭教師をしていた事もあるのだ。
今でこそ柔道一筋だけど、学校の先生になろうと思った事もあったらしい。
姉には勿体ないくらいの彼なのだ。
ああ。そうだ。二人は、婚約したんだ。
途端に暗くなってしまう。
誰がどう思おうと、僕は姉が大好きだ。
憲太郎さんに取られるという思いは、今でもある。
「どうしたの、武君?」
亜希ちゃんが僕が黙り込んでいたので声をかけた。
「ああ、ごめん。次、入れた?」
「うん。もう時間だから、デュエットにしたよ」
「いいよ」
僕と亜希ちゃんは、最後に二人で歌って、カラオケルームを出た。
「ねえ、武君」
不意に亜希ちゃんが言う。
「何?」
「武君は、大学、どこに行くの?」
昨日やっと進学が決まったところだよ、亜希ちゃん。今はそんな事考えたくない。
「ま、まだ考えてない」
「そうなの。私は、福祉系の大学に行きたいの」
「そうなんだ」
亜希ちゃんは、お母さんが元看護師さんだから、そういう道に進むのかと思ったが、福祉系か。
介護士とかになるのかな?
「一緒に行けたらいいのに」
亜希ちゃんはニコッとして僕を見る。そして、どこか寂しそうにも見える。
僕には、大学受験に耐えられるほどの学力も根性もないと思う。
進路指導の先生に言ったら、怒られそうだけど。
「ごめん、私の一人よがりだよね」
亜希ちゃんは、僕の反応がないので、気を使ってくれたようだ。
悪い事したな。でも、本当に大学なんていけないと思うし。
亜希ちゃんが目指す大学なんて、絶対無理だし。
高校だって、亜希ちゃんがレベルを下げて同じところを受験したという噂だ。
本人は、「近いから受けた」と言ってたけど。
「ずっと一緒にいられたらいいね」
亜希ちゃんが言った。僕はドキッとして彼女を見た。
「武君は、嫌?」
小首を傾げて、尋ねて来る。もう、瞬殺された感じだ。
「そ、そんな事ないよ」
ああ。亜希ちゃんのおかげで、僕は「姉ちゃん症候群」を離脱できるかも知れない。
頑張らなくちゃ。