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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学一年編
154/313

その百五十三

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学生。もうすぐ二年になる。


 今は大学の成績も卒業してからの就職先も押し退けて最優先事項がある。


 先日、突然僕達の前に現れた「お祖父ちゃん」。


 まさに驚きだった。


 母は今は亡き父と駆け落ち同然で結婚し、どちらの両親とも疎遠になっていたのだ。


 その事実を知らされないまま、姉と僕は生きて来た。


 その事について、母を非難するつもりはないし、父母と疎遠になっていた祖父母達を拒否するつもりもない。


 今、姉と僕が心から願っているのは、母と祖父との和解だ。


 


 ある日の夕食後。


「武彦、ちょっと」


 姉がまた僕の部屋にノックもしないで入って来た。


「何?」


 僕は文句を言うと話が長くなりそうなので、その事には触れない。


「母さんとお祖父ちゃんとの事なんだけど、一度私達だけでお祖父ちゃんの家に行かない?」


 姉は思ってもみない事を提案して来た。


「ええ? でもそんな事したら、母さんが怒るんじゃないの?」


 僕は言ってみた。すると姉は、


「そんな事を気にしてたら、この先いつまで経っても母さんとお祖父ちゃんを仲直りさせられないよ」


 ムッとして僕を睨む姉。


 母に怒られるのとこのまま姉にグチグチ言われるのを比較して、僕はすぐに姉の提案に乗る事にした。


「明日、ちょうどお前もバイト休みだし、姉ちゃんも研修ないから、お祖父ちゃんの家に行ってみよう」


「ええ? 明日?」


 僕はあまりに急な計画実行に仰天した。


「何だ、都合悪いのか?」


 姉は半目になって僕を見る。怖い。怖過ぎる。


 とても「明日は亜希ちゃんとデートなんだ」とは言えない。


 言ったら大変な目に遭いそうだ。亜希ちゃんに謝るしかない。


「へ、平気だよ」


 僕は顔を引きつらせながら応じた。姉は途端に機嫌が良くなり、


「よし、じゃあ明日の十時に出発な」


「でも、お祖父ちゃんの家、どこにあるのか知ってるの?」


 僕は姉の行き当たりばったりさをよく知っているので、不安になって尋ねた。


「大丈夫。母さんに聞いた」


「え?」


 何と大胆不敵な……。怪盗ルパンも驚くぞ。


「じゃあ、頼んだぞ」


 姉はスキップしながら部屋を出て行った。


 僕は溜息を吐き、亜希ちゃんに謝罪の連絡をした。


「どうしたの、武彦?」


 僕の彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんはちょっと驚いた様子で電話に出た。


「実はさ……」


 僕は姉に聞かれないようにトーンを落として亜希ちゃんに事情を説明した。


「そうなんだ」


 亜希ちゃんはがっかりしたようだ。それはそうだ。明日の予定は一週間前から決まっていたのだから。


「でも、仕方ないよ。お母さんとお祖父さんの事なんだもの。私の事は気にしないで」


 亜希ちゃんはそう言ってくれた。やっぱり優しい。大好きだ。


「本当にごめん」


 僕は電話なのに頭を下げて謝った。


「いいよ、武彦。それよりさ、私も一緒に行ったらダメかな?」


「え?」


 亜希ちゃんからの思わぬ提案に僕はポカンとしてしまった。


「この前、武彦と一緒にお祖父さんの話を聞いたから、何だかすごく気になってしまって……。それにおばさんにはたくさんお世話になっているから、力になりたいの」


 亜希ちゃん、何て健気なんだ。涙が出そうになった。


「ありがとう、亜希。かまわないよ。一緒に行こう」


「ありがとう、武彦」


 僕は何度も亜希ちゃんに礼を言って通話を切った。


 切ってから気づいた。


 いけない。姉に断りもなくそんな事を決めて良かったのだろうか?


 まずいと思ったので、すぐに姉の部屋に行った。


「姉ちゃん、ちょっといい?」


「何だ?」


 ドアをノックすると、姉はお風呂に入るつもりだったのか、バスタオルを首にかけて顔を出した。


「亜希ちゃんも一緒に行っていいかな? 是非行きたいって言われたんだけど?」


 僕は恐る恐る尋ねた。すると姉は、


「いいよ。味方は多い方が心強いし、亜希ちゃんなら大歓迎だよ」


 その言葉を聞いて僕はホッとしたのだが、


「で、どうして亜希ちゃんにその話をお前がしたのかは、今は訊かない事にしておこう」


 姉はそう言ってニッと笑い、ドアを閉じると階下したに降りて行ってしまった。


 何となくバツが悪い僕は、項垂れて部屋に戻った。


 


 そして次の日。


 姉と僕は母が仕事に行くまでいつも通りに過ごした。そしてその後大急ぎで出かける準備をする。


 僕は亜希ちゃんに連絡し、十分後に迎えに行くと伝えた。


 亜希ちゃんと合流し、駅へと向かう。


 考えてみると、姉と亜希ちゃんと僕とで出かけるなんて、初詣で以外なかった事だ。


 これからもそんなにないだろうな。


「ありがとう、亜希ちゃん。嬉しいわ」


 姉は亜希ちゃんにお礼を言っていた。


「いえ、別にそんな大した事は……」


 まさかお礼を言われると思っていなかった亜希ちゃんは照れていた。


 


 祖父母の家は僕達の町から電車で一時間ほど行ったところにあるらしい。


 そこは古い住宅街で、祖父母の近所の人達も同年代の人が多いらしい。


 今まで考えてみた事がなかったのだが、母にはきょうだいはいないのだろうか?


「母さんには弟が一人いるんだってさ」


 電車の中で姉が教えてくれた。


 僕は亜希ちゃんと顔を見合わせてしまった。


 僕らにとっては叔父さんにあたるその人は、仕事の都合で関西に引っ越したそうだ。


 それが一年前。それまで叔父さんは祖父母と同居していたらしい。


 叔父さんのお嫁さんは結婚前から同居を承諾していたので、嫁姑の仲は良かったみたいだ。


 叔父さんの転勤を最後まで反対していたのは他ならぬお嫁さんだった。


 祖父が母に会いに来る切っ掛けになったのは、その時に叔父さんが言った一言。


「いい加減、姉さんと仲直りしろよ」


 叔父さんは事あるたびにそれを口にしていたそうだが、祖父は全く聞き入れなかった。


 叔父さんも呆れ返ってしばらく言わなかったそうだ。


 それで、今日が最後と思って、関西に引っ越す当日にもう一度だけ言ったのだそうだ。


「姉ちゃん、どうしてそんなに詳しいの?」


 僕は不思議に思って尋ねた。すると姉は、


「実はお祖母ちゃんと話したの。それから叔父さんともね」


「ええ?」


 僕はまた亜希ちゃんと顔を見合わせてしまった。


 知らないうちに姉はあちこちに連絡して、下準備を進めていたらしい。


 姉にしては随分用意周到だ。


 それだけ、母と祖父の仲を修復したいのだろう。


 やがて電車は祖父母の家の最寄り駅に着いた。


 僕達は駅を出た。姉は携帯を取り出し、祖父母の家に連絡した。


「さあ、行こうか」


 祖母が出て、待っていますと言われたようだ。


 僕達は駅前通りを脇に入り、住宅街を目指した。


 祖父母の家は駅から三百メートルほど離れたところにある。


 街路樹がたくさん植えられている緑豊かな街だ。


 築造年が古い家が多いので、どのお宅の庭にも立派な木がある。


 周りのブロック塀も苔むしたものが多い。


「ああ、あれだ」


 姉が前方に見える瓦屋根の家を指差した。


 その家に前には、見覚えのある祖父の姿と恐らく祖母であろう女性の姿があった。


「いらっしゃい」


 祖母が涙ぐみながら言った。祖父も目を潤ませている。


「武彦、亜希さん、しばらく。それと、美鈴か。珠世に似て来たな」


 祖父はそう言うとポロリと一粒涙を零した。


 僕達は家にお邪魔し、母の事、父の事と交流がなかった間の事を聞いた。


 叔父さんと祖父が母の事で喧嘩した事。


 祖父が酔っ払って寝てしまった時、寝言で


「珠世、帰って来てくれ、父さんが悪かった」


と言った事。それは祖父が全力で否定したが。


「この人が頑固かと思ったら、珠世はそれに輪をかけて頑固で……」


 祖母が泣き笑いをして話してくれる。


 そして、母と叔父さんの子供の頃の写真を見せてもらった。


「うわあ、本当に美鈴さんにそっくりですね、おばさん」


 亜希ちゃんが若い頃の母の写真を見て言った。


 確かに姉によく似ている。そして一緒に写っている祖母は母にそっくりだ。


 姉はそう言われると照れ臭いようで、頭を掻いて苦笑いしていた。


 お昼にはお寿司を取ってもらい、恐縮しながらいただいた。


 想像以上に楽しい訪問になり、僕はホッとした。




「今日は本当にありがとう。珠世によろしくね」


 祖母がまた涙ぐんでいる。姉は微笑んで、


「はい。必ず母を連れて来ますから」


「ありがとう、美鈴、武彦、亜希さん」


 祖父はそう言いながら僕ら一人一人に握手をした。


 亜希ちゃんも最後は涙ぐんでいた。




「武、必ず仲直りさせような」


 姉は帰り道、必死に涙を堪えて言った。


「うん」


「私達の結婚式にもお二人に出ていただかないとね」


 亜希ちゃんが姉に聞こえないように僕に耳打ちした。


「え?」


 僕はその大胆発言に真っ赤になってしまった。


 亜希ちゃんはニコッとして腕を組んで来る。


「あらあら、ご馳走様」


 姉は涙を零しながらそう言った。

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