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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学一年編
153/313

その百五十二(姉)

 私は磐神いわがみ美鈴みすず。もうすぐ大学を卒業し、新社会人になる。


 先日、私達のところに突然お祖父ちゃん、つまり、母のお父さんが現れた。


 長い間私と弟の武彦は自分達に祖父母がいるなんて思っていなかった。


 確かに仏壇には父の位牌しかなかったけど、一度も顔を見た事がなかったし、父の葬式にも姿を見せなかったので、本当に驚いた。


 母と父は駆け落ち同然で結婚したので、どちらの実家とも疎遠になっていた。


 そのせいで、私や武彦が産まれた時も、会いに来なかったと言う。


 父の両親には父の上にすでに結婚しているお兄さんがいた。


 父のお兄さん、要するに私にとっては伯父さんに当たるその人は、祖父母と同居しているそうだ。


 その上、お嫁さんが気が強くて、尻に敷かれているらしい。


 だから、そのお嫁さんの手前もあり、父との行き来は伯父さんが猛反対していたそうだ。


 何故なら、伯父さんは本当ならお嫁さんと二人で暮らすつもりだったから。


 父が祖父母と同居するなら安心と思い、伯父さんとの結婚を決めた人なのだそうだ。


 ところが、父が母と一緒に駆け落ちしてしまい、自分達に同居の話が回って来てしまった。


 そのせいで、お嫁さんは酷く父と母の事を恨んでいると言う。


 母方の祖父母との行き来が疎遠になったのは、祖父に原因があるが、父方と疎遠になったのは、伯父さんのお嫁さんに原因があるようだ。


 私と武彦は母がその気になった時に祖父母の家を訪れようと思っている。


 十五年以上も顔を合わせなかったから、決まりが悪いのもあるのだろうけど、頑固な祖父が詫びを入れて来たのだから、母も折れるべきなのだ。


 でも、頑固さはその祖父からしっかり受け継いでしまった母だから、そう簡単にはいかないかも知れない。




 今、私はパスタが美味しいイタリアンレストランでランチを楽しんでいる。


「なるほど、お嫁さんが強いと、いろいろと大変なんだねえ」


 今日は久しぶりに恋人の力丸憲太郎君とデート。向かいに座ったリッキーのその発言と私を愉快そうに見つめる視線に引っかかるものがあったので、


「何よ、リッキー? 言いたい事があれば、はっきり言ってよね」


 するとリッキーはクスクス笑い出し、


「僕も気をつけないとね。同居するかしないかは、結婚前にきっちり決めておくべきだよね」


「わ、私は、リッキーと暮らせるなら、別居だろうが同居だろうが、転勤族だろうがかまわないよ」


 やっぱりそこか、と思いながら応じる。


「ふーん。ありがとう、美鈴」


 リッキーはフォークでパスタを巻きながら言ってくれた。


「でも、実家には沙久弥さん達が住むんでしょ? 道場の事もあるし」


 リッキーのお姉さんである沙久弥さんはお母さんの香弥乃さんから引き継いだ合気道の道場の師範だ。


 沙久弥さんは警視庁の機動隊員である西郷隆さんと今月結婚する予定だが、道場は続けるらしい。


「その事なら心配要らないよ。姉貴は西郷家から通うつもりだから」


 西郷さんには既婚者のお姉さんが二人、未婚のお姉さんが二人いる。


 もちろん、既婚のお姉さん達はそれぞれのお宅に住んでいる。


 沙久弥さん、凄いところにお嫁に行くのね。尊敬しちゃう。


 私には絶対無理だから。


 リッキーはニヤニヤしながら私を見ている。


「じゃあ、同居?」


 探るような目で尋ねると、


「やっぱり同居は嫌かな?」


 意地悪な質問をして来る。私は嫌な汗が出そうになったが、


「い、嫌だなんて言ってないよ。ウチもさ、武彦が亜希ちゃんの家に婿養子に入るかも知れないので、できればリッキーにはウチに来て欲しいなあ、なんて思ってたから」


 都坂みやこざか亜希あきちゃんは武彦の幼馴染みで、彼女。多分結婚もするだろう。


「へえ、武彦君、婿養子に行くんだ?」


 リッキーは目を見開いて言った。


「そうなるかも知れないから、私が磐神の名字を守らないと」


 私は苦笑いして苦しい言い訳をする。


「でも、僕が磐神家に入ると、力丸家の名字が途絶えちゃうよ」


 リッキーはそれでも微笑んで言う。ああ、その笑顔、たまんない!


「あ、そうか……」


 わかっていたのに気づかなかったフリをして私はテヘッとおどけて舌を出した。


「まあ、名字なんてどうでもいい事だけど、できれば美鈴に力丸の名字を名乗って欲しいな」


 リッキーはちょっと照れ臭そうにそう言った。ああ、キュンてしたよお。


 力丸美鈴。ムフフ、何かいい響き。


 


 食事を終え、レストランを出た。今日のデートはランチのみ。


 リッキーはこれからまた強化合宿だ。オリンピック出場の最終選考会が近いのだ。


「お母さんとお祖父さんとの事、何か力になれる事があったら言って。協力するから」


 別れ際にリッキーが言ってくれた。


「ありがとう、リッキー」


 人が近くにいないのを見てから、私はリッキーの唇にキスした。


「み、美鈴……」


 リッキーが驚いて固まっているのを尻目に、


「頑張ってね!」


 私は手を振りながら駅へと駆け出す。気になって振り返ると、


「ありがとう、美鈴」


 リッキーは嬉しそうに手を振ってくれていた。私もまた手を振った。


 こんないい人と私は結婚できるんだ。


 だから、絶対に母と祖父とを仲直りさせる。


 心に固く誓った。

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