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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学一年編
152/313

その百五十一

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学生。


 先日、彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんとデートに出かけた時、母方の祖父に会った。


 祖父は、母が駆け落ち同然の結婚をした事に腹を立て、母との交流を一切断っていた。


 そのため、父の葬儀にも出席しなかったので、母は激怒し、絶縁状を送り付けた。


 こうして、十五年以上もの間、母は祖父母と会う事なく過ごして来た。


 幼かった姉と僕は祖父母がいない事に何の不自然さも感じず、今日まで過ごして来た。


 もちろん、時々何かよそと違うなとは思ったけど。


 


 僕は祖父と会った日、遅番だった母が帰って来るのを姉と二人で待った。


「お帰り」


 十一時を過ぎた頃、母がようやく帰宅した。


「まだ起きてたの? いくら大学が休みだと言っても、毎日夜更かししてはダメよ、二人共」


 母は小言を言いながらも微笑んでいた。しかし、


「実はさ……」


 僕が祖父と会ったのを告げると、表情が一変した。


 母は無言で居間に入り、ソファに座った。


 そして、目だけで僕と姉にも座るように指示した。


 僕と姉は顔を見合わせて母の向かいのソファに並んで腰を下ろした。


「何を言って来たの?」


 母は眉間に皺を寄せたままで僕に尋ねた。


「今までの事を許して欲しいって言ってたよ」


 僕は気まずい雰囲気の中、意を決して言った。


 母はその言葉に目を見開いた。


「あんたを手懐てなずけようとしているのね」


 母は祖父の計略だと思っているようだ。


「そんな風には見えなかったよ。お祖母ばあちゃんの具合が悪いって言ってた」


 僕はそれでも何とかしようと思って話を続ける。


 祖母の話が出た途端、母の顔色がまた変わった。


 怒りの表情ではなく、驚きの表情だ。


「お祖母ちゃんが膝を悪くしたって言ってたんだ。だからと言って、同居して欲しいとか、面倒を見て欲しいとかじゃないとも言ってたよ」


 僕は母の顔を覗き込むようにして続けた。


 母の心が揺れているのが何となくわかった。


 祖母は結婚に賛成していたと祖父が言っていた。


 母も祖母とは連絡がとりたいのかも知れない。


「ねえ、母さん、差し出がましいかも知れないけど、今度三人でお祖父ちゃんの家に行こうよ。ね?」


 姉がたまりかねて口を開いた。もうすでに目が潤んでいる。


 母は姉が涙を浮かべているのに気づき、スウッと穏やかな顔になった。


「美鈴……」


 母の目も潤んでいる。僕も堪え切れそうにない。


「ごめんね、二人共。母さんが意固地になって、あんた達に余計な心配させてしまって……」


 母の目から涙が零れた。それを見た瞬間、姉が泣き出してしまった。


「私、嫌だよ、お祖父ちゃんと母さんが喧嘩したままなんて……。仲良くしようよ、親子なんだから……」


 姉は涙で顔をクシャクシャにして言った。僕はそれを見て泣いてしまい、言葉を発する事ができない。


「ありがとう、美鈴、武彦」


 僕と姉は久しぶりに母に抱きついて泣いた。


 何だか懐かしい匂いがして、それが余計に涙を誘った。


 


 翌朝、久しぶりに朝食を三人で食べた。


 母が休みだからだ。


 朝食後、母が口を開いた。


「父さんを初めて実家に連れて行った時ね、お祖父ちゃん、いきなり父さんを怒鳴りつけたの。父さんは訳もわからずに土下座して、私とお祖母ちゃんでお祖父ちゃんを止めて……」


 まだ大学を卒業していなかった父が母と結婚したいと言いに来た。


 祖父はそれが許せず、怒鳴り、殴りかかったらしい。


 何を言われてもひたすら謝って堪えてくれた父を見て、母はより強く結婚を意識するようになったと言う。


 何だか、悲しいような、お惚気のろけのような話だが。


「美鈴が産まれた時、お祖母ちゃんにこっそり連絡をとったの。お祖母ちゃんは喜んでくれて、病院まで来るって言ってくれた。でも、お祖父ちゃんがそれを知って、来させなかったの。修復しようと思っていたのに、結局ダメだった」


 姉はまた涙ぐんでいる。本当に涙脆い。こういうところは可愛いのになあ。


「そして、父さんが事故に遭った時も、病院にも来てくれなかった。葬儀にも……」


 母もその当時の事を思い出したのか、涙を浮かべていた。

 

 父が大好きだった姉はすでに嗚咽をあげている。


「あれが決定的だった。それまでの母さんは、何とか仲直りしようと思っていた。でも、お祖父ちゃんは絶対に歩み寄ろうとしなかったの。だから、今頃になって許して欲しいって言われてもね……」


 母は昨夜一睡もしていないようだ。


 目の下のくまが酷い。ずっと悩んでいたのだろう。


「私、結婚式にお祖父ちゃんとお祖母ちゃんを呼ぶつもりよ! だから、絶対に母さんとお祖父ちゃんに仲直りして欲しいの!」

 

 姉はまたボロボロに泣いて叫ぶ。母もそんな姉を見て涙を零した。


「ありがとう、美鈴。でも、もう少し時間をちょうだい。母さん、気持ちの整理をつけるから」


 母はそう言うと食器を持ち、シンクに向かった。


「わかった」


 姉は涙を拭いながら、洗い物を手伝った。


 何とかなりそうかな。


 僕はホッとした。

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