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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学一年編
150/313

その百四十九

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学生。


 先日、姉の婚約者の力丸憲太郎さんのご家族との食事会からの帰り、思ってもみない人物と出会った。


 それは母の父。つまり、姉や僕の祖父に当たる人だ。


 姉も僕も一度も会った事がなかったし、その存在すら知らなかった。


 何故今まで全くその存在を知らなかったのかと言うと、母は今は亡き父と駆け落ち同然の結婚をしたから。


 どちらの両親も二人の結婚を猛反対し、絶縁状態だったのだ。


 そして、父が交通事故で亡くなった時、その断絶は決定的なものになった。


 父の葬儀にどちらの両親も顔を見せなかったのだ。


 温厚な母もそれには我慢ができず、


「二度と家の敷居を跨がせない」


と手紙を送り付けたそうだ。


 それを母と父の両親が読んだのかも確認はできていないらしいけど。


 その後、姉が小学校に上がっても、僕が小学校に上がっても、どちらからも音沙汰はなく、母は完全に呆れ果て、それ以降改善の努力をしなかったそうだ。


「それでも母さんの親でしょ?」


 姉は母の話に納得せず、夕食後、キッチンのテーブルで問いつめた。


「美鈴の言いたい事はわかるし、母さんも意地になっているだけだと自覚してるわ。でもね、許せないのよ。あなた達の父さんの葬式に顔も見せないで、今になって何もなかったかのように姿を見せるなんて……」


 母は目に涙を溜めて言った。それを見て、姉は言葉を失ったのか、それ以上母を追及しなかった。


「何かあったのかな?」


 僕は誰に尋ねるでもなく呟いた。母がピクンとした。


 姉もハッとして僕を見る。


「そうよ。何かあったのよ。それくらい確かめる事はできるでしょ、母さん?」


 姉はすがるような目で母を見た。 


「そうだね」


 母は微かに笑みを浮かべると、スウッと立ち上がり、自分の部屋に行ってしまった。


「これは母さんとお祖父じいちゃん達の問題だから、これ以上私達が何か言うのはよそう」


 姉は目を赤くして僕に言った。


「うん」


 僕も思わず泣きそうになった。


 


 部屋に戻ると、携帯にメールが着信していた。


 開いてみると、亜希ちゃんからだった。一時間くらい前に届いていた。


「何かあったの? 今日、家の前で知らないお爺さんに武彦達の事を訊かれたよ」


 僕はドキンとした。


 きっとお祖父ちゃんだ。僕達の事を知りたくて、亜希ちゃんに声をかけたんだ。


 僕はすぐに亜希ちゃんに電話した。


「ごめん、亜希。メール今気づいた」


「ううん、それはいいの。ねえ、誰なの、あの人?」


「お祖父ちゃんなんだ」


「え?」


 亜希ちゃんはびっくりしたようだ。


 僕はどこまで話していいのか思いあぐねたが、亜希ちゃんには隠し事はしたくないと思い、


「誰にも言わないでね」


と念押しして、全部話した。


「そうなんだ」


 亜希ちゃんはしばらくしてそれだけ言った。


「武彦の家、そう言えばお祖父ちゃんもお祖母ちゃんもいなかったよね。そんな話題も出なかったし」


 思い返してみると心当たりがある。亜希ちゃんの心境はそんな感じだと思う。


「何を訊かれたの?」


 僕は気になっている事を尋ねた。


「武彦のお母さんはいつが休みかとか、美鈴さんや武彦はいつが休みか、とか」


 亜希ちゃんは思い出しながら教えてくれた。


「でも、何だか様子が変だったから、何も知らないですってとぼけたの」


「そうなんだ」


 ホッとした。亜希ちゃんは賢いから、見知らぬ人に他人の家の情報をペラペラ話したりしないよね。


「でも、お隣さんにも訊いていたみたいよ」


「そうなんだ」


 それほどまでして話をしたいという事は、余程差し迫った事情があるのではないだろうか?


 そう言えば、母は一度もお祖父ちゃんやお祖母ちゃんの事を話した事がなかった。


 だから僕も姉もお祖父ちゃんとお祖母ちゃんはいないんだと思っていた。


 もちろん、小学校の高学年の頃には変だなと思った事はあったけど、別に深くは考えなかった。


 今更ながら、鈍感な子だったと思う。でも、姉も話題にした事がなかった。


 いない事が通常だと、それが不思議とは思わないんだろうな。


 父が亡くなった時も、よくわかっていなかった僕はあまり悲しいとは思わなかったらしく、よく姉に怒られたのをかすかに覚えている。


「父さんが死んじゃったんだよ、バカ武!」


 そう言っては殴って来た。


 あれは本当にその事を怒っての行為だったのか、今思い返してみると疑問だが。


 姉だって、人の死を完全に理解できる年齢じゃなかっただろうし。


「ありがとう、亜希。でも今度来たら教えてあげて。全然かまわないから」


 僕は亜希ちゃんの気遣いに感謝しながらも、途方に暮れているお祖父ちゃんを想像してしまい、そう言った。


「うん、わかった。今度はそうする」


 亜希ちゃんは投げキスの音をさせて、通話を切った。


「たーけーひーこー!」


 そこへいきなり姉が乱入して来た。


「わわ、姉ちゃん、ノックしてよ!」


「うるさい!」


 そしていつものようにスリーパーホールドの態勢に入った。


「母さんが悩んでる時に、亜希ちゃんと電話でイチャイチャしてたな!」


 グウッと首が締め付けられる。そして同時にあれが背中にギュウッと……。


「違うよ、誤解だよ! 亜希ちゃんが家の外でお祖父ちゃんに声をかけられたって……。だからその話を聞いていたんだよ」


 僕はタップしながら説明した。


「え?」

 

 姉は自分の早合点に気づいたのか、スッと腕を解いた。


「そ、そうか。何だ、そうか。それを早く言えよ、バカだなあ」


 バツが悪いのか、僕の頭をポンポン叩きながら、姉は部屋を出て行ってしまった。


 全く、何を考えているんだろう?


 それにしても、お祖父ちゃんの事、気になるな。


 どうしたらいいんだろう?

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