その百四十七(亜希)
私は都坂亜希。大学一年。もう実質的には一年のカリキュラムは終了しているけど。
幼馴染でその上彼にもなってくれた磐神武彦君との交際は順調。
今年こそ、二人きりで一泊旅行をしようと思っている。
きっと父が猛反対するだろうけど、それも想定内だ。
「もしお父さんが反対したら、『お父さんはお母さんとは結婚前に一泊旅行をしなかったの?』って訊けば大丈夫」
母がそうアドバイスしてくれた。
それより、武君自身がどうなのだろうと思ってしまう。
そういう話は私が切り出さないと全然だめなんだもの。
今日は武君とは別行動の日。
高校の時の同級生とファミレスのドコスで待ち合わせ。
富谷麻穂ちゃん、天野小梅ちゃん、伊佐奈美ちゃん。
一ヶ月に一度は会っているとりわけ仲のいい友達だ。
約束の時間より十五分早く着くと、一番奥のBOX席に三年の時クラスが同じだった麻穂ちゃんがいた。
「亜希!」
麻穂ちゃんは会心の笑顔で手を振る。私も振り返して近づく。
「相変わらず時間より早く来るね、お互い」
麻穂ちゃんは席をつめながら言う。私は彼女の隣に座り、
「そうだね。遅れてくるのはまた小梅ちゃんかな?」
と言って笑った。麻穂ちゃんも笑いながら、
「それが小梅なんだから仕方ないよ」
しばらく二人でストレートの紅茶を飲みながら話していると、
「また三番かあ」
そう言いながら、奈美ちゃんが入って来た。
三番とは言っても、奈美ちゃんは時間通りだ。
「で、またあいつが来てないんだ。高校の時から変わらないなあ」
奈美ちゃんは肩を竦めて向かいの席に座り、ミルクティを頼んだ。
「まあ、仕方ないよね。小梅、ラブラブだからさ」
麻穂ちゃんが言った。
「え? 小梅ちゃん、彼できたの?」
私は初耳だったのでビックリして麻穂ちゃんを見た。
「ああ、そっか。亜希は知らなかったんだっけ。私、あの子と町内が一緒だから」
すると奈美ちゃんがニヤリとして、
「で、あんたの彼は私と家が近い」
「ええ?」
更にビックリ。麻穂ちゃんにも彼が? それも知らなかった。
「ごめんね、亜希。別に隠してた訳じゃないんだよ。今日言おうと思ってたんだけど、あのバカが奈美に気づかれてさ……」
早速惚気始める麻穂ちゃん。思わず目を細めてしまう。
「奈美の幼馴染だったなんて知らなかったんだよ。大学のサークルで知り合って、つい最近告白されたんだから」
麻穂ちゃんは照れ臭そうに言い訳する。
「気にしなくていいよ。あいつは私のタイプじゃないし、しかも巨乳好きだし」
思わず私と奈美ちゃんは麻穂ちゃんの豊満と言うのが一番似合っている胸を見つめてしまう。
「ありがとう」
麻穂ちゃんは胸を見られることに慣れているのか、気にしていないみたいだ。
奈美ちゃんのミルクティが来て私と麻穂ちゃんがメニューを広げた時、ようやく小梅ちゃんが来た。
あれ? 誰かと一緒に入って来た。
小梅ちゃんの後から入って来たのは、武君のお姉さんの美鈴さんの婚約者である力丸憲太郎さんのお姉さんの沙久弥さんだった。
白の帽子、白のロングコート、黒のローファーだ。
「ありがとう、天野さん。私一人だったら、着けなかったかも知れないわ」
沙久弥さんはニコッとして小梅ちゃんにお礼を言った。
「いやいや、大した事ないって、沙久弥ちゃん」
小梅ちゃんは沙久弥さんを同じくらいの年だと思っているらしく、すっかりタメ口だ。
しかも、きょう初めて会ったのだろうが、かなり馴れ馴れしい……。
どうしたものかと思ったが、沙久弥さんに気づいて知らないフリはできないので、
「沙久弥さん、お久しぶりです」
立ち上がって二人に近づく。
「あれ、亜希、沙久弥ちゃんと知り合いなの?」
まだタメ口モードの小梅ちゃんに私は苦笑いして、
「みんな、紹介するわ。武君のお姉さんの婚約者の憲太郎さんのお姉さんの沙久弥さんよ」
小梅ちゃんの血の気が引いたのは言うまでもない。
「あら、皆さん、亜希さんのお友達なの」
沙久弥さんは別に怒った様子もなく、ニコニコしている。
小梅ちゃんは嫌な汗が出ているようで、顔色が悪い。
小梅ちゃんはしばらくして我に返り、沙久弥さんに深々と頭を下げて謝った。
沙久弥さんは全然気にしていない様子で、
「ご一緒していいかしら? まだ約束の時間まで一時間くらいあるから」
と言ってくれた。
小梅ちゃんは恐縮したままだったが、麻穂ちゃんと奈美ちゃんは沙久弥さんの「可愛さ」に興味津々で、いろいろ尋ねていた。
そして、沙久弥さんが二十四歳だと知り、仰天していた。
そう言えば武君が、沙久弥さんは方向音痴だって言ってたっけ。
だから待ち合わせの時間よりかなり早めにここに来たのか。
誰と待ち合わせしているのだろうと思ったら、
「あ、亜希ちゃん! 久しぶり!」
美鈴さんが入って来た。
いつものテンションで現れた美鈴さんは、私達と沙久弥さんが一緒なのに気づいてびっくりしていた。
「じゃあね、亜希ちゃん。また後で」
美鈴さんは沙久弥さんと共に別の席に移って行った。
武君からの情報だと、美鈴さんが沙久弥さんにスーツを見立ててもらったら、沙久弥さんがお金を出す事になってしまい、その事でお母さんに叱られたらしい。
今日の待ち合わせはその事と関係あるのかな?
「凄いなあ、亜希」
急に小梅ちゃんが復活して言い出す。
「何?」
私はその言葉の意味がわからなかったので小梅ちゃんを見た。
「磐神君のお姉さん、初めて見たけど、モデルさんみたいに奇麗でスタイルいいじゃん! そのお姉さんを倒して見事磐神君をゲットしたんでしょ?」
「は?」
小梅ちゃんの言っている事がよくわからない。美鈴さんがモデルみたいだって言うのは同意だけど、倒したってどういう事? ゲットって何?
「磐神君のお姉さんと会った事がある男子達に聞いたんだけど、磐神君とお姉さんて、姉と弟って感じじゃなくて、恋人同士みたいだったって」
小梅ちゃんのその言葉に私は改めてドキッとした。
やっぱり、他人が見ても、美鈴さんと武君てそんな風に見えちゃうんだ。
「でも、今は亜希が磐神君の一番だよね」
麻穂ちゃんがそう言ってくれた。
「それはそうだよ。だって、恋人なんでしょ、磐神君の」
奈美ちゃんが言う。小梅ちゃんは苦笑いして、
「当たり前じゃない。勝者は亜希なんだから」
そして、
「で、もうお預けは終わったの、亜希?」
「え?」
私はまたドキッとした。お預けって、確か……。
「まだ続いてるんだ」
麻穂ちゃんと奈美ちゃんと小梅ちゃんが声を揃えてそう言ったので、
「いいじゃない、別に!」
私は顔が火照るのを感じながら言った。
でも、いつかは武君と……。