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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学一年編
147/313

その百四十六

 ボクは磐神いわがみ武彦たけひこ。大学一年。


 後期の試験も終了し、実質的にはすでに一年のカリキュラムは終了している。


 思い返してみると、早かった。


 いろいろアクシデントもあったけど、総じて穏やかな一年だったと思う。


 


 今日は日曜日。ゆっくりしていようと思った矢先の事だ。


「たっけくーん」


 相も変わらず、ノックなしでいきなり僕の部屋に入って来る姉。


「姉ちゃん、ノックくらいしてよ。着替え中だったらどうするのさ?」


 僕はちょっとだけ勇気を振り絞って抗議してみた。


「武だってこの前姉ちゃんの着替え中に入って来たじゃん」


 姉は悪い魔女のような顔で言う。僕はドキッとした。


 確かに以前、姉が高熱で寝込んでいた時、寝ているものだと思い込んでノックなしで入り、姉の裸を見てしまった事がある。


 想像以上に大きかった、なんて思い出している場合ではない。


「そ、それは……」


 僕は顔が赤くなるのを感じて、俯いた。


「だからって、姉ちゃんはあんたの裸なんか見たい訳じゃないからね」


 愉快そうに言われ、何となく癪に障った。


「でも、安心したよ」


 僕は話題を変えようと思って言った。


「何が?」


 姉はキョトンとしている。僕はクスッと笑って、


「母さんに怒られた時、姉ちゃん、随分落ち込んでいたからさ。元気になったみたいだね」


 婚約者の力丸憲太郎さんのお姉さんである沙久弥さんにスーツを買ってもらった事を母に話したら、案の定酷く叱られたのだ。


 姉の顔がキッとなった。やばい! そう思った時はもう遅かった。


「あんた、やっぱり面白がってたな、姉ちゃんが怒られているのを!」


 電光石火の早技でスリーパーホールドを決められてしまった。


「そ、そんな事ないよ、僕だって一緒に謝ったじゃないか!」


 僕は姉の腕を振り解こうとしたが、どうする事もできない。


「母さんは私があんたに強制したって思ってたよ! あんたの好感度が上がっただけでしょ、結果的に!」


 姉は更に力を入れて来た。いかん、呼吸ができなくなりそうだ。


 そして同時にあれが背中にムギュウッて……。


「姉ちゃん、死んじゃう、死んじゃうよ……」


 僕は必死になってタップしたが、姉は攻撃の手を緩めてくれない。


「そう言ってホントに死んだ人っていないよ」


 フッと笑った姉は本当に怖かった。


「あんた、姉ちゃんのおっぱいが背中に当たっているのを喜んでるでしょ?」


 姉は絞めるのをやめながらそう言った。


「え……」


 嫌な汗が全身から凄まじい勢いで噴き出した。バレてる……?


「亜希ちゃんに教えてあげよう。武はスリーパーホールドをすると喜ぶよって」


「えええ!?」


 僕は仰天して姉を見た。姉は腹を抱えて笑っている。


「あんた、リアクション芸人みたいだね。おかしい!」


 完全に遊ばれている。何だかすごく悔しい。


 だから危険を覚悟で言ってみる。


「そうだね。亜希ちゃんのスリーパーホールドの方が、姉ちゃんのよりいいかも」


 何故か姉は一瞬だけ悲しそうな顔をしたが、


「やっぱり姉ちゃんのおっぱいを喜んでたな、変態!」


 そう言われると、もう反撃できない。


「早速亜希ちゃんにメールしよう。武は私のおっぱいが好きですって」


 姉は携帯を取り出して嬉しそうに打ち始めた。


「わああ、やめてよ、姉ちゃん!」


 僕は携帯を取り上げようとして姉に手を伸ばした。


 そんなのを送られたら、亜希ちゃんに絶交されてしまう!


「あ」


 姉が携帯をスッと横に動かしたせいで、僕の手は空を切り、そのままその向こうにあった姉の胸をムンズと掴んでしまった。


 時間が止まったような気がした。何、この感触?


「何してんの、バカ!」


 さっきまでふざけて笑っていた姉が激怒し、僕は思い切りビンタされてしまった。


「事故だよ、事故! でも、ごめん、姉ちゃん」


 僕はヒリヒリするほっぺたを撫でながら謝った。


「姉ちゃんこそ、ごめん」


 姉はそう言うと、ドアを開いて出て行く。


「最近、姉ちゃんと絡んでくれないから、調子に乗った。ごめんな」


 姉は寂しそうな顔で言ってドアを閉じた。


 嫉妬? 亜希ちゃんに姉が嫉妬?


 ううう、何とも複雑……。

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