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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学一年編
146/313

その百四十五

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学一年。


 月日の経つのは早いもので、あの試験地獄から一年が過ぎようとしている。


 去年の今頃は、幼馴染でその上彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんとセンター試験に挑んでいた。


 本当に精神的に追い詰められていたけど、もういい思い出だ。


 


 冬休みは終了し、後は後期の試験を残すのみになった。


 高校の時みたいに留年の心配はないけど、二年になると専門科目が増えるので、今まで以上に気を抜けなくなる。


 亜希ちゃんには、


「今年こそ二人で旅行しようね」


と言われ、危うく鼻血を噴きそうになった。


 先日、姉にヘッドロックされてから、妙に耐性がなくなっている。


 亜希ちゃんとはもう恋人同士って言っても間違いではないのに、二人きりで旅行と妄想しただけで興奮してしまう僕って……。


 ガキだ……。


 


 今日は久しぶりに亜希ちゃんと図書館で試験勉強。


 何だかウキウキして、亜希ちゃんを迎えに行った。


 この設定、何となく好きなのだ。高二の頃の僕には想像もつかないだろう。


「え?」


 ギクッとした。


 亜希ちゃんの家の前に亜希ちゃんがいる。


 いや、それは別にギクッとする事ではない。


 何故かその隣には、あの忍さんと真弥さんまでいた。


 忍さんは紺のスーツ姿で、真弥さんはセーラー服だ。


 ど、どういう事?


「久しぶり、武彦さん」


 真弥さんはニコッとして挨拶した。


「やあ」


 忍さんはぎこちないながらも笑顔だ。


「ど、どうも」


 僕は顔が引きつっているような気がしたが、何とか挨拶を返した。


「武彦」


 亜希ちゃんが僕にニコニコしながら近づいて来た。


「ごめんね、連絡できなくて。さっき突然二人で来たの」


 亜希ちゃんは小声で教えてくれた。


「でも二人、仲直りできたみたいだね」


 僕は苦笑いして言ってみた。亜希ちゃんも苦笑いして、


「そうみたい。さっきも惚気られちゃった」


「そうなんだ……」


 うはあ。もう惚気ちゃうほどの仲なの、あの二人?


 亜希ちゃんと一緒に二人の方へ歩き出す。


「いろいろ迷惑かけたけど、これからもよろしく、武彦君」


 忍さんが右手を差し出した。


「あ、はい」


 僕は慌ててその手を握った。


「じゃあ、これから新居を探すので、これで」


 忍さんはそう言って立ち去る。


「またね、武彦さん」


 真弥さんはウィンクして去って行った。


「武彦」


 僕はデレッとしたつもりはないのだが、亜希ちゃんに睨まれてしまった。


「真弥ちゃんと真弥ちゃんのお母さんまでおじいちゃんの家に厄介になる訳には行かないから、アパートを借りるんですって」


 亜希ちゃんは歩き去る二人を見て教えてくれた。


「二人のお母さんが働いて、忍さんもバイトして、真弥ちゃんもバイトするらしいわ」


「そうなんだ」


 僕がそう言うと、亜希ちゃんは、


「何だか複雑な家庭環境なのに、一つの誤解が解けたら、今まで決して一緒には暮らせなかった人達が同じ家で暮らせるんだね」


 何だか難しい話だが、取り敢えず騒ぎが収まってホッとした。


「武彦、残念そうね、真弥ちゃんとあまり話せなくて」


 亜希ちゃんが目を細めて言う。


「え?」


 僕はまたギクッとしたが、「磐神君」と言われていないので、亜希ちゃんの冗談だとわかる。


「亜希こそ、忍さんと話ができて嬉しかった?」


 そう返してみたかったが、決してできないのが僕である。


 


 図書館に行くと、姉の婚約者の力丸憲太郎さんがいた。


「憲太郎さんだよ、亜希」


 僕は別に他意なくそう言ったつもりだったのだが、


「さっきの仕返しのつもり、武彦?」


 亜希ちゃんにムッとされてしまった。


「そ、そんな事ないよ……」


 慌てて言い繕ってしまう僕。


 確かに以前、亜希ちゃんと憲太郎さんが一緒に写った写メを送られて動揺した事があったけど。


「やあ、お二人さん。今日も勉強?」


 相変わらず爽やかな笑顔だ。僕はあんな風には笑えない。


 気のせいか、図書館の受付の女性もジッと憲太郎さんを見ているような気がする。


「はい。今日は美鈴さんと一緒じゃないんですか?」


 亜希ちゃんが尋ねる。そう言えば、姉は朝早く出かけたけど、憲太郎さんと一緒じゃなかったんだ。


「ああ、美鈴は姉貴と買い物だよ。四月に入社する会社の研修が来月から始まるから、スーツを見立てて欲しいって姉貴に頼んで来たんだ」


 憲太郎さんは何だか困った顔をしているように見えた。


「また姉が無茶を言ったんですか?」


 僕は気になったので尋ねた。すると憲太郎さんは、


「ああ、そんな事ないよ。姉貴は美鈴から初めて誘われたって大喜びで出かけたから」


「でも、沙久弥さんも結婚へ向けて忙しいのではないですか?」


 確か、婚約者の西郷隆さんと三月に結婚すると聞いている。


「大丈夫。その辺の事は、西郷家が仕切ってるから」


「そうなんですか」


 僕は思わず亜希ちゃんと顔を見合わせた。


「その仕切っている人って、まさか依里えりさんじゃないですよね?」


 僕は心配になって尋ねた。


 西郷さんのお姉さんの中で一番はっちゃけた人だ。


 それなのに外務省勤務なんだから、公務員にもいろいろな人がいる。


 憲太郎さんは大笑いして、


「違うよ。依里さんはそんなマメな人じゃないから。恵さんと翔子さんだよ」


「ああ、それなら安心ですね」


 僕はホッとした。恵さんと翔子さんは、西郷家の長女と次女で、すでに二人の子供がいる。


 依里さんやその下の詠美えいみさんと違って、しっかりした人だ。


「人の悪口はもっと小さい声で言いなさい、憲ちゃん、武彦君」


 恐ろしい声が聞こえた。確かこの声は……。


「ぐええ!」


 僕はいきなり後ろから首を絞められた。


 姉に絞められ慣れてはいるけど、やっぱり苦しいものは苦しい。


 隣の亜希ちゃんはすっかりびっくりして僕を見ていた。


「はあい、貴女が私のライバルの都坂亜希さんね?」


 現れたのは、依里さんだった。ライバルって、何?


「依里さん、帰ったんじゃなかったんですか?」


 憲太郎さんはバツが悪そうな顔をしている。


「あ、あの……」


 わけがわからない亜希ちゃんはパニック寸前だった。


 


 喫茶室でお茶しながら、僕と憲太郎さんは亜希ちゃんに事情を説明した。


 話を進めていく過程で、依里さんが結構本気で僕を狙っているのがわかって、また顔が引きつった。


 でも亜希ちゃんはすぐに依里さんと打ち解けて、服の事やアクセサリーの事で盛り上がっていた。


 女子同士って、絆が強いのかなあ。


「亜希ちゃんてホントにいいとこのお嬢様ね。私、敵わないわ」


 依里さんは肩を竦めてコーヒーを一口飲んだ。


「ありがとうございます」


 亜希ちゃんは余裕があるのか、全然依里さんのアピールを気にかけていないようだ。


「憲ちゃんには、私の悪口を言った罪でここの支払い、任せたわね」


 依里さんは豪快に笑ってサッサと喫茶室を出て行ってしまった。


 何だか我が姉に似ている気がする。


「僕達の分は出しますから」


 そう言ったのだが、憲太郎さんは結局全員分を出してくれた。


 後で姉に知られたら、激怒されそうだ。


 


 依里さんはそのまま帰ってしまったらしい。


 本当にはっちゃけた人だ。


 憲太郎さんも午後から合宿だとの事で、図書館から出て行った。


 僕と亜希ちゃんは夕方まで結構真剣に勉強をした。


 


 家に帰ると、居間で何故か姉が落ち込んでいた。


「どうしたの、姉ちゃん?」


 すると姉は僕を見て、


「スーツ、沙久弥さんが見立ててくれたの」


 ふと見ると、シルバーグレイのパンツスーツがテーブルの上にあった。


 さすが沙久弥さん、センス抜群だ。でもどうして姉は落ち込んでいるのだろう?


「私、必死に辞退したんだけど、どうしても私が出すからって、沙久弥さんが買ってくださったの。母さんに叱られる……」


「え?」


 スーツ代に比べれば、コーヒー代なんて大した事ないと一瞬ホッとしてしまった自分が情けない。


 いくらくらいのものかわからないけど、沙久弥さんが見立ててくれたという事は、安物ではないだろう。


 確かに母に叱られそうだ。


 その時は僕も一緒に謝るよ、姉ちゃん。

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