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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学一年編
137/313

その百三十六

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学一年。


 先日、姉の美鈴が婚約者の力丸憲太郎さんのご一家を招いて手料理を振る舞った。


 憲太郎さんはもちろんの事、お姉さんの沙久弥さん、お父さんの利通さん、お母さんの香弥乃さんも美味しいと言ってくれて、姉と母は涙ぐんでいた。


 僕もホッとした。


 もし無残な結果になったら、


「武彦ォ!」


と当られたかも知れないからだ。まあ、そんな事ないか。


 


 大学の受講を終え、僕は彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんと駅に向かった。


「ちょっと、寄り道していい、武彦?」


 亜希ちゃんが言った。


「いいけど、どうしたの?」


 僕は不思議に思って尋ねた。すると亜希ちゃんは照れ臭そうに、


「本屋さんに寄って、お料理の本を買うの」


「ああ」


 さすが亜希ちゃん、早速料理の勉強するのか。


「いいよ」


 僕達は微笑み合って、駅中にある大型書店に行った。


 僕もちょうど気になっている本があったので、それぞれ別のコーナーへと歩を進めた。


 その時、気づいた。


 奥まで長く続く書棚の向こうに女子高生がいた。


 ショートカットの可愛い子だ。でも、僕が目を惹かれたのはそのせいじゃない。


 彼女がさっきからずっと僕の事を見ているのがわかったからだ。


 それにその子が着ている制服はこの辺りでは見かけないセーラー服だった。


 別に僕は制服マニアじゃないけど、見た事がないのはわかった。


 知ってる子かな、と考えてみるが、全く思い当たらない。


 そのうちにその子は店内からいなくなっていた。


「武彦」


 亜希ちゃんが僕を呼んだ。


 ハッとして亜希ちゃんを見ると、ムッとした顔でこちらを見ている。


 どうやら、僕がさっきの女子高生を目で追っていたのを見られたようだ。


「誰、さっきの女子高生?」


 亜希ちゃんはスッと僕に近づいて小声で尋ねて来た。


「知らないんだ。でも、どういう訳か、僕をずっと見ていたような……」


「ふーん」


 亜希ちゃんはクルッと背を向ける。


「バカ」


 そう言うと亜希ちゃんは外へと出て行ってしまった。


 僕は慌てて亜希ちゃんを追いかけた。


 誤解を解かなくちゃならないと。


 書店を飛び出して、僕は驚きの光景を目にした。


 さっきの女子高生が亜希ちゃんと話しているのだ。


 亜希ちゃんは恥ずかしそうに僕を見て、その子と談笑していた。


 そして僕を見て、手招きした。


 僕は何が何だかわからなくなって、首を傾げてから亜希ちゃんとその女子高生に近づいた。


「ごめんね、武彦。また私、醜い嫉妬しちゃった」


 亜希ちゃんが手を合わせて片目を瞑る。可愛過ぎて、携帯のカメラで撮影して待ち受けにしたいくらいだ。


「こちら、私の従兄の忍さんの妹さんで、真弥まみさん」


 亜希ちゃんはその子を紹介してくれた。


 え? 忍さんて、あの……。


 あれ以来、全然姿を見せなくなったけど、今はどうしているのだろうか?


「ジロジロ見てしまってごめんなさい。そのせいで、亜希お姉ちゃんに誤解までさせてしまって」


 真弥さんは申し訳なさそうに言った。


 でも、忍さんとは全然似ていない。本当に妹さんなのだろうか?


「いや、別に。いつもの事、じゃなくて、大丈夫だから」


 僕は思わずそう言いかけて、亜希ちゃんが睨んだのに気づいて言い直した。


「ありがとういございます、武彦さん」


 真弥さんは嬉しそうに微笑んだ。武彦さんだなんて、誰にも呼ばれた事ないな。


「デレッとしない!」


 亜希ちゃんが言った。、僕はビクッとしてしまい、二人に笑われた。


「失礼します」


 真弥さんは友達と会う約束があるからと言って立ち去った。


「可愛い子ね、磐神君」


 亜希ちゃんが言った。久しぶりの「磐神君」攻撃は心臓にこたえる。


「あ、いや、亜希に比べれば、全然……」


 見え透いたような言葉だが、それでも悪い気はしないらしく、亜希ちゃんは嬉しそうな顔になり、


「もう……」


と照れ笑いをした。


 


 そして、駅で亜希ちゃんと別れ、バイト先へと向かった。


 一人になって、またふと真弥さんの事を思い出す。


 別に彼女の事が気になる訳じゃないけど、何だか引っかかる。


(友達と会う約束って、ホントかな?)


 その話を不審に思ったのではない。


 彼女の制服が気になったのだ。


 どう思い起こしてみても、この辺りの高校の制服ではない。


 それに彼女は学校帰りにしては鞄を持っていなかった。


 どこかに置いて来たのだろうか?


 どうしてこんなに彼女の事が気になり、違和感があるのか、その時の僕にはわからなかった。


 


 そして、バイトを終え、家に帰った。


 母は早番なので、すでに寝ているようだ。


 姉が一人で居間にいた。


「お帰り、武彦」


 居間を覗くと、姉は焼酎の水割りを飲みながら、録画したドラマを観て泣いていた。


 随分前に終わったドラマだ。


 結末を言いそうになったが、無事に部屋に行きたいので思い留まった。


「可哀想だよなあ。この子、たった一人のお姉さんと血が繋がっていないってわかって、絶望してるんだ」


 姉はドラマにのめり込んでいて、一生懸命僕にあらすじを語ってくれる。


 僕は全部知っているけど、それを言うと絡まれるので、只相槌を打つだけだ。


「もしさ、あんたが姉ちゃんと血が繋がっていなかったら、どうする?」


 酔っ払って来たのか、とんでもない事を言い出す姉。


 それにどう答えればいいのか、不安になる僕。


「うーん……」


 悩んでいると、姉はムッとして、


「何悩んでるんだよ、バカ武! そこは、『こんな奇麗な人が姉ちゃんじゃないなら、彼女にしたい』って、言うとこだろ!」


 ドキッとした。何だか、シャレにならない話。


 確か、今姉が観ているドラマの中で弟が姉に言う台詞なんだよね。


「そうか、ごめん、姉ちゃん」


 僕はドキドキしながらそう言うと、サッサと居間を出た。


「こらあ、武、もっと……」


 何かを叫んでいるようだったが、後半は呂律が回っておらず、聞き取れなかった。


 まあ、いいか。


 しかし、まさにそのドラマのような事がその後起こるとは、夢にも思わない僕だった。

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