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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学一年編
135/313

その百三十四

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学一年。


 最近は、ドキドキする事が多過ぎる。


 彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんには、


「武君に迫られる夢を見た」


なんて言われて、恥ずかしいのと照れ臭いのと嬉しいのとでパニックになりかけた。


 


 そして、今日も亜希ちゃんと大学へと向かう。


「寒いね」


 亜希ちゃんはギュッと僕の腕に抱きついて来た。


 また、ギュッとあれが押し当てられる。


 亜希ちゃん、もしかして意図的にしているのかな?


 いや、そんな事はないだろう。亜希ちゃんに限って。


「そうだね。寒いね」


 微笑んで僕を見つめる亜希ちゃんにドキドキしながら微笑み返す。


「もうすぐ年末だなんて驚いちゃうね。早かったなあ、一年が」


 亜希ちゃんは前を向き、ニコニコして歩き出す。僕はそれに引き摺られるように歩いた。


「きっと、楽しかったからだね」


 亜希ちゃんはそう言ってもう一度僕を見た。


「そうだね」


 僕も亜希ちゃんを見て言った。


「でね」


「うん?」


 亜希ちゃんは何故かモジモジしている。トイレに行きたいのだろうか?


「今度の日曜日、どこかに行かない、武彦?」


 今度の日曜日か。今度の日曜日は、姉が力丸家をウチに招いて……。あれ?


「え、あの、今、亜希ちゃ、いや、亜希、僕の事、武彦って呼んでくれた?」


 僕は確認の意味で尋ねた。すると亜希ちゃんは真っ赤になって、


「う、うん……」


と俯いてしまった。可愛い。どうしたらいいの、と思うくらい可愛い。


「嬉しいよ、亜希」


 僕も真っ赤になっていたと思う。周囲を歩いている人達が何となく僕らを見て笑っているような気がしたから。


「ありがとう、たけく、えっと、武彦」


 亜希ちゃんのそのたどたどしい「武彦」がまたいい! ああ、変態だな、僕。


 何だか、すっかりお互いの呼び方でテンションが上がってしまった僕達は、大学に着くまでずっと話をしていた。


「ごめんね、今度の日曜日は、力丸家の皆さんをお招きしてるんだ」


「そうなんだ。残念」


 亜希ちゃんは微笑んでいたが、悲しそうに見えた。そう感じた僕は、


「亜希ちゃんも来てよ。沙久弥さんも来るから」


 亜希ちゃんはびっくりしたようだ。


「ええ? いいの、私なんかが行っても?」


「もちろん。だって、亜希ちゃんもその、やがては磐神家の一員になるんだから」


 僕は亜希ちゃんの耳元で囁いた。顔が破裂しそうなくらい熱い。


「ありがとう、えと、武彦」


 亜希ちゃんはつっかえながら言った。そして、


「でも、武彦は、都坂武彦になってくれるんじゃないの?」


「あはは」


 以前、そんな事を言った時もあったっけ。それでもいいけどね。


 周りから見ると、バカップルだな、僕達。


 


 今日の一時限目は英語。


 亜希ちゃんとは違うクラスなのが今日ほど悲しかった事はない。


 どうしてだろう?


 やっぱり、武彦って呼んでもらえたのが嬉しかったからかな?


 ボンヤリ過ごしてしまい、気がついたら授業は終わっていた。


「武彦、ランチにしよ?」


 亜希ちゃんが教室まで呼びに来てくれた。


「あれ、磐神君、またランクが下がったの?」


 同じクラスの長石ながいし姫子きこさんが聞きつけて言う。


「いや、そんな事ないですけど」


 僕は苦笑いして応じた。


「何だ、短い格差是正だったね?」


 丹木葉にぎは泰史やすし君にまでそう言われた。


 僕はもう苦笑いするしかなく、亜希ちゃんの方へと歩き出した。


 


 ランチをすませて、ホール棟に行くと、


「頑張れよ、磐神君。応援してるよ」


 若井わかいたける君にも言われてしまった。きっと長石さんが喋ったのだろう。


「ありがとう」


 僕は亜希ちゃんと顔を見合わせてから言った。


「私が呼び捨てにしたせいで、妙な事になってるのかな?」


 亜希ちゃんが悲しそうに呟く。


「気にしないで、亜希。僕は嬉しいんだから」


「うん!」


 亜希ちゃんはニコッとして僕を見た。


 そうさ。他人がどう思おうと、僕達はいい関係なんだから、何も卑屈になる必要もないし、周りを気にする必要もない。


 


 大学を出て、駅に向かい、ホームで別れる。


 よし、今日は僕が決める。


 亜希ちゃんの手を握り、階段の陰に入る。


「また明日ね、亜希」


「うん、武彦」


 僕達はキスをして、別々のホームに歩き出した。


 考えてみると、初めて僕からキスしたのかも知れない。


 何だか、レベルアップしたようで、嬉しかった。


 


 バイトを終えて、帰宅。


 姉は毎日この時間まで夜間大学の講義を受けている。


「おう、今帰りか、武彦」


 ちょうど姉が玄関の鍵を開けているところだ。


 遅番の母はまだ帰っていないようだ。


「姉ちゃんこそ、今まで講義だったの?」


「まあな。サボってた分、取り返さないとね」


 姉はテヘッと笑ってみせる。相変わらず陽気な性格だ。


「何か飲むか?」


 姉はそのままキッチンに行くので、僕もついて行った。


「僕はいいよ」


「そっか」


 姉は缶酎ハイを開けてグビッと飲んだ。


「ふう、うまい!」


 本当に美味しそうに飲む。僕も飲めるようになったら、そう思うのかな?


「またチューしたのか、亜希ちゃんと?」


 もう酔っ払ったのか、早速そんな事を訊いて来る。


「うん、したよ。今日は僕から誘ったんだ」


 そう言い返すと、何故か姉は赤くなった。


「そ、そうなんだ。ふーん」


 きっと僕がそんな事を言うとは思わなかったのだろう。


 ちょっとだけしてやったり感がある。


「それから、亜希ちゃんが僕の事を武彦って呼んでくれたんだ」


 嬉しかったので、それも話した。すると姉は、


「ええ? それはダメ。武彦って呼んでいいのは、姉ちゃんと母さんだけだよ」


とおかしな事を言い始めた。


「何言ってるのさ、別に亜希ちゃんが武彦って呼んでもいいでしょ?」


 僕は理不尽な要求に抗議した。


「なんてね」


 姉はまたテヘッと笑って小首を傾げた。いかん、可愛いと思ってしまった。


 まだしばらく、この陽気な姉に翻弄される生活なんだろうな。


 まあ、いいけどね。

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