その百三十三(姉)
私は磐神美鈴。大学四年。
就職先も決まり、婚約者の力丸憲太郎君との交際も順調。
そしていよいよ来週の日曜日に力丸家をご招待して、手料理を振舞う事が決定した。
もっと早くしたかったのだが、リッキーのお父さんとお母さんがお忙しくて、延期になっていたのだ。
それにリッキーの方もどんどん忙しくなっているせいもあったのだ。
今日は久しぶりにリッキーとデート。
二人の予定が休日に合うなんてあまりない事だった。
だから、いつも以上に私はおめかしして出かけた。
「リッキー!」
駅前の噴水の端で私を待つダーリン。思わず大声で叫んでしまった。
苦笑いされた。
周囲の視線を集めてしまった。ああ。今更ながら、恥ずかしい……。
そしてまずは、ずっと観に行きたかった映画を観賞。
ラブコメ調で、思っていた以上に楽しかった。
それからディナー。
高級レストランとはいかなかったが、それなりに立派なお店でコース料理を堪能する。
「美味しい!」
私が言うと、リッキーは微笑んで、
「美鈴ってさ、本当に美味しそうに食べるよね」
「だって美味しいんだもん」
私も微笑んで応じる。
「これからしばらく僕もオリンピックに向けて合宿が続くから、今年はこれが最後のディナーかもね」
リッキーが寂しそうに言ったので、私はキュンとしてしまった。
「じゃあ、今日は寄ってく?」
ちょっと恥ずかしかったけど、私から誘ってみる。
「え、あ、いや、そんなつもりで言ったんじゃないんだけど……」
リッキーは真っ赤になって俯いた。可愛いんだから、もう。
実は就職が決まった日、私はリッキーを誘い、遂に結ばれた。
この話は母にもしていない。
もちろん、リッキーも誰にも話していない。
思っていたより気持ち良くはなかったけど、ようやくリッキーと一つになれた気がして、とっても幸せだった。
だから、この前武彦の様子がおかしかった時、彼女の都坂亜希ちゃんととうとうしてしまったのかと思い、確認したのだ。
奴は違うと言った。でも、真相はわからない。
まあ、武彦にそれだけの積極性があれば、亜希ちゃんはもっと幸せになれるんだろうけどね。
こればかりは、いくら姉でも口を出していい事じゃないし。
「あら、私としたくないの?」
つい意地悪な事を訊いてしまう。するとリッキーは、
「実は、その、禁止事項なんだよ、それ」
「へ?」
私はキョトンとしてしまった。禁止事項って、何?
「協会から、してはいけないって言われてるんだ」
リッキーはますます赤くなって続けた。
えええ? そんな事を言われるの、オリンピック選手って?
「以前さ、恋人がいた金メダル候補選手がオリンピックの一回戦であっさり格下に負けてさ。原因がそれだったらしいんだ」
リッキーは説明してくれた。
「ええ? こじつけじゃないの?」
私はリッキーと頻繁にしたい訳じゃないけど、そんなのおかしい。
「そうかも知れないけど、精神面で影響が出るのは否定できないらしいよ。特に仲がいいカップルはね」
リッキーは苦笑いして私を見た。
「わかった。我慢するわ、私も。オリンピックが終わったら、ね?」
私は小首を傾げてリッキーにおねだりポーズをした。
「あ、そ、そうだね」
リッキーはまた真っ赤になった。本当に可愛いなあ。ムフ。
しばらくして、私達はレストランを出た。
「じゃあ、今日はここまでね」
私はリッキーを建物の陰に誘い、キスした。
いつもより長く、じっくりと。
「ご馳走様」
リッキーは照れ臭そうに言ってくれた。
「あ、そうだ」
私は武彦に言われた事を思い出し、リッキーに訊いてみる事にした。
「あのさ、リッキー、男の人って、朝はその、どうしてもあれが、えーと……」
訊こうと思ったのはいいが、さすがに直接表現はできない。
結局リッキーが察してくれず、訊けないまま終わった。
「変な美鈴」
りっきーは首を傾げていた。
「あはは」
私は笑って誤魔化した。
「じゃあ、来週、美鈴の家で」
「うん」
私達は手を振り合って、駅のホームで別れた。
只今リッキーは強化合宿中なのだ。
どちらかと言うと、会えない時間でより愛おしさを募らせるタイプの私は、これがまた心地良いのだ。
大学を卒業したら、結婚。
お姉さんの沙久弥さんと婚約者の西郷さんは、もう挙式の日程を決め始めているらしいし。
でも、仕事もあるし、そんなすぐには結婚は難しいかな。
それでも、ウカウカしてると、武彦に先を越されそうだし。
まあ、なるようになるでしょ。
愛してるわ、リッキー。