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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学一年編
132/313

その百三十一

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学一年。


 この前、彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんとドキッとする事があった。


 いきなり大人のキスをして、その後ギュッと抱きつかれて、不覚にも反応してしまったのだ。


 恥ずかしかったけど、亜希ちゃんはその事を笑ったり責めたりしなかったのですごく救われた。


「それって、私の事が好きだから、でしょ?」


 その言葉にもまた反応しそうになった。


 ああ、自分が情けない。


 


 いつものようにバイトを終え、駅に向かっていた時。


 携帯が鳴った。この着メロは、須佐昇君。


 中学の時の同級生で、現在東大生。


 そして幼馴染の櫛名田くしなだ姫乃ひめのさんと交際中だ。


「久しぶり、須佐君。どうしたの、こんな時間に?」


 僕はテンションをあげて尋ねた。すると須佐君は、


「磐神君が忙しいの知ってるから、そろそろバイト終わったんじゃないかと思って。今、大丈夫?」


「うん、平気だよ。駅に向かっているところだから。どうしたの?」


 そんなに頻繁に電話して来る須佐君ではないので、きっと相談事だろうと思った僕は足を止めて路地の端に寄った。


「実はさ、最近、姫乃が冷たいんだ」


「え?」


 ドキッとする。その手の相談は苦手だなあ。何て答えたらいいんだろう?


「何だか、僕の事が鬱陶しいみたいで、携帯にかけても出てくれない事もあるし」


「そうなんだ」


 ますます深刻度が増して来た。どうしよう?


「もう僕達、絶対結婚まで行くと思っていたんだけど、姫乃は違うのかなって思えて……」


 あれ、須佐君、もしかして泣いてる? うわあ。


「須佐君、出て来られない? どこかで会って話そうよ」


 心配になった僕はそう進言した。


「うん。じゃあ、ドコスで」


「わかった。三十分で着けると思うから」


 僕は携帯をしまうと、駅へ走った。


 須佐君が泣いてしまうほど深刻な状態って、何があったんだろう?


 亜希ちゃんも何も言っていなかったけど。


 櫛名田さんが亜希ちゃんに話さないって事ないしなあ。


 亜希ちゃんに訊いてみるしかないか。


 僕は電車を降りて改札を出ると、亜希ちゃんに連絡した。


「どうしたの、武君? 何かあったの?」


 もう午後十一時近いので、亜希ちゃんが驚くのも無理はない。


 僕は事情を説明した。


「そうなの。でもね、武君、あまり心配いらないと思うよ」


 亜希ちゃんはあっさりそう言った。


「どうして?」


 不思議に思って尋ねた。すると亜希ちゃんは、


「説明しにくいんだけど、多分それは須佐君の空回りだから。武君が相談に乗っても、対応できないと思うよ」


 何だか、亜希ちゃんは裏事情を知っているらしい話し方だ。


 しかし、何か理由があって、それを僕に話したくないようだ。


 話したくない事を無理に訊くのも悪いから、


「ありがとう。須佐君には話だけ訊いてみるよ」


と答え、通話を終えた。


 亜希ちゃんは櫛名田さんから何かを聞いているのだろう。


 それを僕に話したくないという事は、櫛名田さん個人の事だからだと思う。


 須佐君には悪いけど、あまり力になれないかも知れないな。


 そんな事を思いながら歩いていると、いつの間にかドコスの前にいた。


 意を決して中に入ると、奥のボックス席に須佐君がいた。


 彼は僕に気づき、小さく手を挙げてくれた。


 僕は男の店員さんに、


「待ち合わせです」


と告げ、須佐君のところに行った。


「悪い、磐神君。疲れているのに」


 須佐君は申し訳なさそうに言った。


 僕は向かいに座りながら、


「大丈夫だよ」


と応じた。するとそれを見計らったようにウエイトレスさんが近づいて来たので、僕達はコーヒーを頼んだ。


「で、具体的に何があったの?」


 僕は単刀直入に尋ねた。すると須佐君は何故か顔を赤らめ、


「したんだ……」


と消え入りそうな声で言う。僕は聞こえなかったので、


「え、何?」


 重ねて尋ねた。すると須佐君はテーブルの上にメモ帳を出して、


「沖縄旅行で、姫乃と最後までいった」


と書き殴った。


 え? 最後まで? えええ!?


 僕はその言葉が何を意味するのか理解し、目を見開いて須佐君を見た。


 須佐君の顔は更に赤さを増していた。


「それからなんだ。姫乃の奴、冷たくなってさ……」


 須佐君は俯いて言った。僕も顔が火照るのを感じた。


「そ、そうなんだ……」


 それだけ返すのがやっとだった。


 須佐君が、櫛名田さんとそんな事になったなんて……。


 付き合っているのだから、変ではないけど、彼は僕と同じカテゴリーの人だと思っていたから、意外だった。


「僕が下手だったから、僕と付き合うのが嫌になったのかなって……」


「下手?」


 下手って何? うわああ、想像してしまいそうだ。


「でも、僕、初めてだったから、その……」


 須佐君は涙を浮かべていた。


 男にとって、それは深刻な問題らしい事は何となく想像はつく。


 自分に置き換えて考えると、恐ろしくて堪らない。


「櫛名田さんには訊いたの?」


 僕はようやくそう言えた。それが一番肝心な事だから。


「訊けないよ、そんな事。僕が下手かどうかなんて……」


 須佐君はもうそこから離れられなくなっているみたいだ。


「ああ、違うよ。そこじゃなくて、どうして冷たい態度をとるようになったのかって事だよ」


 僕は慌てて言い添えた。そんな事、訊ける訳ないのはぼくにもわかるし。


「訊いてないよ」

 

 須佐君は悲しそうな目で答えた。

 

 あれ? でも、沖縄旅行のお土産をもらった時は、二人共見ていられないくらい熱々だったはずだ。


 これはやっぱり、須佐君の空回りか? 亜希ちゃんが言った通りかも知れない。


「お土産をもらった時は、二人共そんな感じじゃなかったよね。だとしたら、旅行が原因じゃないと思うんだけど?」


 僕は自分の推理を言ってみた。


 頭のいい須佐君だから、僕が何を言いたいのかすぐわかってくれたようだ。


「ああ……」


 須佐君もそのタイムラグに気づいたらしい。


「だったら、どうしてなんだろう? もしかして、姫乃、僕以外の誰かと……」


 須佐君が暴走しかけたので、僕は、


「そんな事考えちゃダメだよ、須佐君。推論で櫛名田さんを疑うような事は考えない方がいいよ」


と押し留めた。須佐君はハッとした顔になり、


「そうだね。ありがとう、磐神君。姫乃と話してみるよ」


 須佐君はようやく笑顔を見せてくれた。


 僕はホッとして、ちょうど運ばれて来たコーヒーを一口飲んだ。


 


 僕達はその後、近況報告をし合って、ドコスを出た。


「そう言えば、磐神君は都坂さんとは……」


 そこまで言いかけて、須佐君はあっとなった。


「ごめん、そんな詮索失礼だよね」


 僕は苦笑いして、


「そうかもね。もちろん、僕はまだ亜希とは何もないよ」


と一応念を押しておいた。


「あれ、磐神君、都坂さんの事、呼び捨てにしてるの?」


 須佐君はもの凄く意外そうに訊いて来る。


 何だか悲しい。


「うん。命令されたんだ」


 僕は更に苦笑いして言った。


「なるほど」


 須佐君が妙に納得したのも悲しい。


 それより、そんな言い方したのが、櫛名田さんを通じて亜希ちゃんに知れるとまずいな。


「冗談だよ、須佐君」


 慌ててフォローをした。須佐君はニヤニヤ笑って、


「大丈夫。姫乃には喋らないし、都坂さんにも言わないよ」


「ははは」


 僕はまたしても苦笑いするしかなかった。


 取り敢えず、亜希ちゃん、ごめん。

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