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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学一年編
130/313

その百二十九

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学一年。


 最近、あの凶暴だった姉がすっかり人間が丸くなったというか、妙になったというか、優しい。


 それはいいのだが、何だか心配なのだ。


「そう? 武彦は良かったんじゃないの、美鈴が優しくなって」


 母に相談したら、そう返された。


「それはそうなんだけどね……」


 優しい姉はいいけど、何だか物足りない僕は、変な人間なのだろうか?


 


 それでも不安な僕は、ランチタイムに思い切って彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんにも相談してみた。


「武君て、虐められるのが快感になってるのね」


 亜希ちゃんはクスクス笑って言う。いや、そういうつもりはないんだけど……。そうなのかな?


「私も、優しくて穏やかな美鈴さんより、ちょっと怖いくらいの美鈴さんが好きかな」


 亜希ちゃんはそう言ってくれた。やっぱり優しい。大好きだよ、亜希ちゃん!


「慣れって怖いよ。凶暴な姉ちゃんは嫌なはずなんだけど、今の姉ちゃんはもっと嫌なんだよね」


 僕は苦笑いして応じた。すると亜希ちゃんは僕を木陰に引っ張って行って、


「じゃあ、絶対キスをさせてくれない彼女と、毎日キスをせがむ彼女はどっちが好き?」


といきなり凄い質問をして来た。僕はアタフタしながら、


「えっと、その、あのね……」


 その時、亜希ちゃんの顔が迫って来て、唇が触れた。


 そして、いつかと同じく、舌が僕の口の中に入って来る。


 恍惚としてしまった。


「いつも私から仕掛けないと、武君てキスしてくれないんだもん」


 亜希ちゃんは恥ずかしそうに僕を見上げて言う。


 ああ、そうか。僕って、亜希ちゃんに頼り切りの交際をしていたんだ。


 とても申し訳なくなった。


「じゃ、じゃあ、お返し」


 僕は心臓が壊れるんじゃないかというくらいドキドキしながら、亜希ちゃんにキスをした。


 亜希ちゃんがしてくれたのと同じディープキスだ。


 亜希ちゃんの舌が僕の舌に絡んで来る。


 うわあ。何だかいろいろとまずい事になりそうだ。


 しかも亜希ちゃんは僕に抱きついて来た。おお、亜希ちゃんの柔らかいのが、その……。


「あ」


 亜希ちゃんに気づかれてしまった。僕は恥ずかしさのあまり、真っ赤になった。


「武君、興奮しちゃった?」


 亜希ちゃんも顔を赤らめて尋ねる。僕は亜希ちゃんを直視できず、


「ご、ごめん、亜希ちゃん……」


としか言えなかった。亜希ちゃんは首を横に振って、


「謝らなくていいよ、武君。それって、私の事が好きだから、でしょ?」


 うわあ。もうダメ。亜希ちゃんに完全降伏だ。その時、


「いた!」


 いきなり腕を抓られた。僕はビックリして亜希ちゃんを見る。


「さっき、『亜希ちゃん』て言ったでしょ? その罰よ」


 亜希ちゃんはクスッと笑った。ああ、呼び捨てにするのを忘れてたのか。


 そんな約束が吹き飛ぶほど、僕はパニック寸前だったのだ。


「この先はまたいつか、ね?」


 亜希ちゃんはゆっくり僕から離れて言ってくれた。


 この先? いつか? 鼻血が出そうだ。


 午後の講義、頭に入るだろうか?


 


 こうして、僕は半ば放心状態で午後の講義を受けた。


「どうしたの、磐神君?」


 同じ外国語クラスの長石ながいし姫子きこさんや、亜希ちゃんと同じ外国語クラスのたちばな音子おとこさんに心配されてしまった。


「相変わらず、女子に人気ね、磐神君」


 そのため、久しぶりに亜希ちゃんの「磐神君攻撃」があった。


 さっきのキスもそうだけど、それも本当に心臓に来るよ。


「ご、ごめん、亜希」


 何とか呼び捨ての約束は果たした。また忘れたら、もう一度「磐神君」て言われそうだったから。


 


 僕の長い一日が終わった。


 バイト先でもぼんやりしてしまい、何度か店長に叱られてしまった。


 それくらい、亜希ちゃんの「この先発言」は僕を混乱させていた。


 そして、家に帰り着く。


「おっかえり、武君!」


 今日も姉が迎えてくれた。


 但し、早上がりの母がいたので、少しだけホッとする。


「美鈴、武彦は疲れているんだから、あんまり絡んじゃダメよ」


「わかってるって、母さん」


 姉はたしなめる母にヘラヘラ笑って応じ、


「さ、武君、ご飯だよお」


と僕を半強制的にキッチンに連れて行く。そんなところは今まで通りかな。


 姉は毎日料理に没頭しているのだ。力丸家の皆さんを招待する以上、それ相応のものをお出ししなければならないと母に言われ、特訓していた。


 そして僕はその試食係だ。毎日続くときつくなって来る。


「どう、武君?」


 姉が探るような目で尋ねて来る。僕は、


「美味しいよ、姉ちゃん。毎日確実に腕を上げてるね」


と答えた。すると姉は涙ぐんで、


「そうか、良かった! ありがと、武君!」


と抱きついて来る。姉の柔らかいのがムニュッと当たり、昼間の亜希ちゃんとの出来事を思い出してしまう。


「じゃあさ、また父さんの真似で誉めてよ」


 姉は僕を解放すると、早速すっかり恒例になった事を言って来た。


 僕は亜希ちゃんとの事があったからではないのだが、このままではいけないと思い、


「もう父さんの真似はしないよ。僕は僕、父さんは父さんなんだからね」


ときっちり自分の意見を言った。


 母は僕の言葉に驚いて目を見開いている。姉もそうかと思ったが、


「わかった。そうだな。お前を父さんと同格に扱ったら、父さんに失礼だよな」


と言ったかと思うと、


「ありがとうな、武! 感謝してるよ!」


 いきなりスリーパーホールドだ。何なの、その落差は!?


「美鈴、止めなさい、武彦が気絶しちゃうわよ」


 母が慌てて止めに入るが、


「大丈夫よ、母さん。昨日今日私の技を受けたんじゃないから。こいつ、こう見えて結構しぶといのよ」


 姉は止めるつもりはないらしい。


 苦しいけど、何だかホッとしている僕。


 それでこそ、僕の姉ちゃん。ああ、でも、目が霞んで来たよ……。

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