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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学一年編
127/313

その百二十六

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学一年。


 我が姉美鈴が就職の内定をもらった。


 姉は取り敢えずおめでとう会で友人の皆さんにお祝いしてもらったようだ。


 そしてその時もらったケーキを一口も食べずに待っていて、


「武君と母さんに食べて欲しいから、我慢したの」


と言われ、ジンと来てしまった。


 先日、姉に、


「父さんに似て来た」


と言われた。それから、姉の様子がおかしい。


 もちろん普段はそんな事はないのだけど、酔っ払うと、


「ねえねえ、武君、父さんの真似してえ」


と甘えて来る。


「美鈴、武彦が困っているでしょ。大概にしなさい」


 母は口ではそう言っているのに、いざ僕が、


「美鈴、頑張ったな」


と言うと、涙ぐんで、


「本当に似てる……」


と感動している。


 父は僕が三歳の時に交通事故で亡くなっているから、僕には父の記憶は悲しいくらいない。


 だから、姉と母が涙ぐんでいるのを羨ましく思った。


 


 そんな話を通学途中に彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんにすると、


「美鈴さんて、ブラコンでファザコンなのね」


「え?」


 ドキッとしてしまう。亜希ちゃんはクスクス笑いながら、


「でも羨ましいなあ。私も弟が欲しかった」


 更にドキッとする。まさか、


「今からお母さんにお願いすれば?」


などというセクハラ紛いの事は言えない。その時だった。僕の携帯が鳴った。


 駅に入る寸前だったので、僕は慌てて携帯を取り出した。


 相手を確認すると、西郷さんだ。


 姉の婚約者の力丸憲太郎さんのお姉さんの沙久弥さんの恋人だ。


 何だろう、こんな時間に?


 僕は不思議に思って出た。


「おはようございます。どうしたんですか、西郷さん?」


 隣で亜希ちゃんが聞き耳を立てている。


「おはよう、武彦君。悪いね、朝の忙しい時に」


 西郷さんは何故か酷く慌てている様子。どうしたんだろう?


「いえ、大丈夫です。どうされたんですか?」


 すると西郷さんは、


「今日の午後五時、駅前の喫茶店に来て欲しいんだ。憲ちゃんも呼んだから、必ず来て欲しい」


と声をひそめて言った。ますます意味がわからない。


「え? 五時ですか?」


 僕は思わず亜希ちゃんを見た。


「ああ、武彦君の彼女さんなら、一緒に来てくれていいよ。美鈴さんには内緒だけど」


「え?」


 思わずビクンとしてしまう。姉に内緒?


 後でバレたら、どうなるか……。想像したくない。


「大丈夫かな?」


「ええ。バイトがあるので、長時間は無理ですけど、それでも良ければ……」


 僕は探るような調子で答えた。


「それなら大丈夫。そんなに手間はとらせないから。じゃあ、頼むね」


 そう言うと、西郷さんはサッサと通話を切ってしまった。


「どうしたの?」


 僕がキョトンとしているので、亜希ちゃんが心配そうに尋ねて来た。


「西郷さんが、駅前の喫茶店に午後五時に来て欲しいって」


「急な話ね。何があったのかしら?」


 亜希ちゃんも首を傾げた。


 僕達はホームに向かいながら、話を続ける。


「姉ちゃんには内緒らしいんだ。何だか、怖いんだけど」


「今の美鈴さんなら、武君は大丈夫なんじゃないの?」


 亜希ちゃんは嬉しそうに言う。確かに僕と父を重ねている姉は、いつになく可愛いけど、それとこれとは別な気がする。


「そうかなあ」


 それでも不安だった。西郷さん、怖い事言わないで欲しい。それに用件をきちんと話して欲しかったよ。


 


 そんな事で、僕は西郷さんとの約束が気になってしまい、講義もうわの空、いつもなら楽しい亜希ちゃんとのランチタイムもボンヤリしてしまい、


「武君?」


と何度も亜希ちゃんに呼びかけられてしまった。


「そんなに気になるのなら、訊いてみたら?」


 亜希ちゃんがたまりかねた顔で提案した。


「聞きにくいよ」


 僕は苦笑いして応じる。すると亜希ちゃんは、


「違うわよ。憲太郎さんに訊くの」


「ああ、そうか」


 さすが亜希ちゃん。だから大好き。


 僕は大学を出ると、すぐさま憲太郎さんの携帯に連絡した。


「やあ、武彦君、もしかして西郷先輩の件かな?」


 察しのいい憲太郎さんはずばり指摘して来た。


「そうなんです。用件を聞けないまま、電話を切られたので。憲太郎さんは何か聞いていませんか?」


「美鈴には言わないで欲しいと言われたので、多分そうなんじゃないかと思う事があるんだけど」


 憲太郎さんはすでに西郷さんの用件を推理しているようだ。


「それって何ですか?」


 僕は興味津々で尋ねた。亜希ちゃんも耳をそばだてている。


「西郷先輩、姉貴にプロポーズするつもりなんだと思うよ」


「え、沙久弥さんにプロポーズ?」


 僕は思わず亜希ちゃんと顔を見合わせた。


「でも、どうして僕と憲太郎さんを呼んだんですか? 普通、そういうのって当事者だけでするものでは……?」


 僕は不思議になって重ねて尋ねた。すると憲太郎さんはクスクス笑って、


「西郷先輩って、ああ見えて気が小さいからね。姉貴と二人きりだと、言えなくなってしまうって思ったのかも知れないよ」


「ああ、なるほど」


 僕は西郷さんが姉に内緒にした理由がわかった。


 西郷さんは「姉」の代表格である沙久弥さんに対抗するために、「弟」の力を結集しようとしているのだと。


 何だかおかしな話だけど、何となくわかってしまう僕も「弟」だ。


「だから、西郷先輩が挫けそうになったら、応援してあげようよ」


 憲太郎さんはどこまでも優しい。


 僕が憲太郎さんの立場なら、そこまでできるだろうか?


 現に僕は、憲太郎さんと姉が付き合い始め、そして婚約までした事について、そこまで大きな気持ちで受け止め切れなかった。


 恥ずかしい。


「わかりました」


 僕は憲太郎さんと一緒に西郷さんを全力で応援する事を誓い合った。


「いいなあ、男同士って。何だか、素敵」


 そばで聞いていた亜希ちゃんが、目を潤ませて呟いた。


「男同士って言うか、弟同士って感じだね」


「ああ、そうだね」


 亜希ちゃんは泣き笑いした。


 


 そして、指定の時刻の十分前に、僕と亜希ちゃんは喫茶店に入った。


「こっちこっち」


 早くも西郷さんと憲太郎さんは奥のボックス席に来ていた。


 僕は亜希ちゃんとまた顔を見合わせてクスッと笑い、西郷さん達の所に行った。


 僕と亜希ちゃんと憲太郎さんは、西郷さんの席と違う斜め奥のボックスに陣取る。


 まさか僕らが並んで沙久弥さんを迎えるわけにもいかないからだ。


 西郷さんはハンカチで何度も顔の汗を拭い、スーツの襟をせわしなく触っている。


 緊張しているみたいだ。


 その時、店のドアがカランコロンと鳴り、沙久弥さんが現れた。


 僕達は慌てて顔を引っ込めた。


 沙久弥さんは道場から直接来たらしく、髪はアップにしていて、着物姿だ。


 浅葱色の色留袖とかいう着物。帯は鮮やかな山吹色だ。


 店中の視線が沙久弥さんに集まっているような気がするほど、沙久弥さんは奇麗だった。


 おっと、亜希ちゃんが睨んでる。


「西郷君、何かしら、話があるって」


 沙久弥さんは微笑んだままで西郷さんの向かいの席に座った。


 何となくだが、沙久弥さんも緊張している感じがした。


 恐らく、西郷さんがプロポーズするのに気づいているのだろう。


 だから心なしか、沙久弥さんも嬉しそうに見える。


「忙しいのに呼び出したりしてごめん、沙っちゃん」


 西郷さんが頭を下げた。沙久弥さんはニコッとして、


「貴方の方が忙しいでしょ、西郷君。用件は何?」


 沙久弥さんはあくまでお惚けを続けるつもりのようだ。


 西郷さんは大きく深呼吸した。言うのか、遂に?


 沙久弥さんは笑顔のままで西郷さんを見つめている。


(頑張れ、西郷さん!)


 僕は心の中で必死に祈った。


「力丸沙久弥さん、私、西郷隆と結婚してください!」


 西郷さんはスックと立ち上がると、店中に響き渡るような大きな声でプロポーズした。


 お客ばかりでなく、店員までもが驚いて西郷さんと沙久弥さんを見た。


 そして、水を打ったような静けさが訪れる。


 皆が沙久弥さんの答えに注目し、固唾を呑んだ。


「ずっと待っていました。こちらこそ、よろしくお願いします」


 沙久弥さんも立ち上がり、ゆっくりと頭を下げた。


 西郷さんはポカンとしてしまい、動かない。


「良かった、先輩!」


 思わず憲太郎さんが飛び出してしまう。僕も亜希ちゃんも、二人に駆け寄っていた。


 ふと周りを見ると、そこに居合わせた全員が祝福の拍手をしてくれていた。


 沙久弥さんは僕らの存在には気づいていたみたいで、クスッと笑った。そして改めて西郷さんを見てから、周りの拍手に西郷さんと一緒に頭を下げた。


「素敵なプロポーズだったね、武君」


 亜希ちゃんは涙ぐんで腕を組んで来た。


「うん」


 僕も目頭が熱い。


 不器用な感じだったけど、とってもかっこいいプロポーズだった。


 僕もあんな風にできるかな?


 その途端、急に緊張してしまった。


 西郷さん、沙久弥さん、おめでとうございます。

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