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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学一年編
110/313

その百九(姉)

 私は磐神いわがみ美鈴みすず。大学四年。


 現在絶賛就職活動中だ。


 しかし、今日はそれどころではない。


 人生始まって以来の大ピンチだ。


 父の日に、私のダーリンの力丸憲太郎君のお父様へのプレゼントを、リッキーのお姉様の沙久弥さんと購入した。


 イベントはそれで終了ではなく、私はリッキーのご両親の待つレストランへと連行された。


 頭が真っ白になるという事があるのだろうか、と常々思っていたが、あの時はまさに脳内が初期化されてしまったようだった。




「次の日曜日もどうかしら?」


 翌日、お母様からのメールの一言に私は硬直してしまった。


 逃げられない。どうしよう?


 パニックになりかけたが、そこに光明が射した。


 武彦。我が愚弟。私はまさしく悪い魔女のようにニヤリとした。


 あいつに楯になってもらって、急場を凌ごう。


 姑息な考えだが、あのお母様と二週連続でお食事は堪えられない。


 私が武彦に食事会出席を申し伝えると、奴の顔が引きつった。


「亜希ちゃんも連れて行っていいかな?」


 武彦も私同様、姑息な事を考えた。似たもの姉弟きょうだいだ。


 ちょっとだけ情けなくなった。


 まあ、でも、亜希ちゃんなら、テーブルマナーもバッチリだろうし、力丸家の覚えも良いだろう。


 そう思い、武彦の提案を快諾した。


 それでも不安だった私は、リッキーに、


「私の弟とその彼女を紹介したいと思います」


とお母様に伝えてもらった。


 そして、武彦には、挨拶を考えておく様に言った。


 こうして、悪い魔女美鈴は、お母様の標的から見事にずれる事に成功した。


 かに思えた。しかし、現実は厳しかった。


 お母様からまたメールで、


「もっと美鈴さんとお話がしたいわ」


と言われたのだ。うおお! 気絶してしまいそうだ。


 やっぱり、姑息な事を考える悪い魔女には天罰が下るのだ。


 反省。


 


 食事会当日になった。


 あまりにオロオロする私を見かねて、母が仕事のシフトを替えてもらい、緊急参戦する事になった。


 もちろん、力丸家は大喜びで母の出席を歓迎してくれた。


「恩に着るわ、母さん」


 私は涙ぐんで母に礼を言った。


 いくらか肩の荷が下りた気がしたが、それでも私はスチャラカをやり倒したらしい。


 リッキー達が待つお店が入っているビルに到着した私は、十階まで階段で行こうとしたらしい。


 記憶にない。


 そして次に、お店の前に着いた時、ドアをノックしたようだ。


「ここは面接会場じゃないのよ、美鈴」


 母の呆れた声すら、私には聞こえていなかった。


 


 何とか落ち着き、周りを見る事ができるようになったのは、武彦が立ち上がって挨拶を始めた時だった。


「このような席にお招きいただきまして、ありがとうございます」


 武彦は緊張しているようだ。


 我ながら、可哀想な事をしたと思った。


(ごめん、武。来週の炊事当番、姉ちゃんがするよ)


 心の中で詫びた。武彦は挨拶を続けている。


「僕がここまで来られたのは、母と姉、そして亜希さんのお陰だと思っています」


 何言ってるんだ、こいつ? 自分の家族を誉めてどうする!?


 やっぱり、こいつに挨拶なんかさせた私がいけない。


「そして姉が巡り会った憲太郎さん、そしてそのご家族の皆さん。僕はこの出会いを大切にし、一生のお付き合いをさせていただきたいと思います」


 私はびっくりして武彦を見上げた。


「これからも、よろしくお願い致します」


 武彦は深々と頭を下げた。力丸家の皆さんは拍手をしてくれた。


 お母様と沙久弥さんは涙ぐんでいる。


 隣の憲太郎君も泣いてはいないけど、目を潤ませていた。


 母と亜希ちゃんは号泣していた。


 そして私も。


「ありがとう、姉ちゃん」


 武彦は座りながら、私にだけ聞こえる声で言った。


 キュンとなった。


 武彦は亜希ちゃんに話しかけている。


 武、私はお前が生まれて来てくれた事が、一番嬉しかったよ。


 恥ずかしくて言えないから、心の中だけで許してね。


 大好きだよ、武。

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