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姉ちゃん全集  作者: 神村 律子
大学一年編
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その百五

 僕は磐神いわがみ武彦たけひこ。大学一年。


 ちょっとややこしい事に関わってしまった。


 同じ外国語クラスの丹木葉にぎは泰史やすし君の頼みで、僕の彼女の都坂みやこざか亜希あきちゃんと同じ外国語クラスのたちばな音子おとこさんに話を聞かなくてはならない。


「武君たら、ホントにお人好しなんだから」


 亜希ちゃんには呆れられてしまった。


 僕も今更ながら後悔している。


 でも、丹木葉君はいい人だし、橘さんもいい子なので、二人がギクシャクするのは忍びないのだ。


 


 そんな訳で、僕は大学に着くと、学部棟のロビーで橘さんを待つ事にした。


「私はいない方がいいでしょ、磐神君?」


 亜希ちゃんにしばらくぶりに「磐神君」攻撃を受けた。頼むからやめて欲しいが、言えない。


「え、あの、その……」


 動揺する僕を尻目に、亜希ちゃんは女子の友達とロビーを去ってしまう。


 ううう。できれば、一緒にいて欲しかったけど……。


 するとそこへ、若井わかいたける君が現れた。


 今日は何故か、長石ながいし姫子きこさんは一緒ではない。


「あ、磐神君」


 若井君は何だか気まずそうに僕に近づいて来た。


「おはよう」


 僕はごく普通に挨拶した。


「おはよう。橘さんを待ってるんだって?」


 いきなりそんな事を訊かれ、僕はビクッとした。


「何でそれを?」


 僕は一歩後ずさって尋ねた。若井君は苦笑いして、


「姫子から聞いたんだ。丹木葉に頼まれたんだろ?」


 あちゃあ。長石さん、お喋りし過ぎ。一番話しちゃいけない人だよ、若井君は。


 あれ? 長石さんはどうして知ってるの?


「姫子の奴、磐神君と丹木葉が話しているのをこっそり聞いてたらしいんだよ。だから、今日はバツが悪くて、磐神君に顔を合わせられないんだってさ」


 若井君は肩を竦めて言う。僕は苦笑いするしかない。


「俺からも頼むよ。丹木葉はいい奴だから、応援したいんだ。橘さんとは高校も同じだしさ」


「そうなんだ」


 若井君、実はすごくいい人なんだな。でも、橘さんが知ったら、悲しむだろうなあ。


「じゃ、頼むね」


 若井君はロビーの端で小さく手を振る長石さんを見つけ、歩き去った。


 長石さんはきまりが悪そうな顔で僕に会釈した。僕も会釈を返した。


 ますますややこしくなりそうだな。


 どうしよう?


 するとそこへ、橘さんが現れた。


「おはよう、磐神君」


 橘さんは、あの駅での一件以来、僕を見つけると、亜希ちゃんがいても挨拶して来る。


 僕が意識し過ぎなんだろうけど、やっぱり可愛い女の子が挨拶してくれるのは嬉しい。


 でも、その間中、亜希ちゃんの目が笑っていないのは怖い。


「おはよう、橘さん」


 僕は微笑んで橘さんを見る。そして意を決して、


「ちょっと話がしたいんだけど、大丈夫?」


「うん、平気よ」


 僕は橘さんと共にロビーにある長椅子に座った。


「何、話って?」


 橘さんはニコニコして訊いて来る。思わずドキッとしてしまう。


 彼女、姉とも亜希ちゃんとも、そして沙久弥さんや長石さんとも違うんだよな。


「丹木葉君の事なんだけど」


 僕がそう切り出すと、橘さんの顔が途端に険しくなった。


「丹木葉君に頼まれたの、磐神君?」


「え?」


 僕は返事に窮した。橘さんは溜息を吐き、


「あの人のそういうところが嫌なの。自分の思いだけで動いて、相手の事なんか全然考えてくれない」


 僕はビックリした。橘さんの口調が、あまりにも強かったから。


「あ、ごめん、磐神君。貴方に怒った訳じゃないわ。だって、貴方は私の救いの神様だから」


 橘さんは照れ臭そうにそう言った。多分僕は真っ赤になっていたと思う。


「丹木葉君に言って。言いたい事があるのなら、自分で言いなさいって」


 橘さんがそう言った時、僕はロビーに丹木葉君の姿を見つけた。


 彼には今の言葉が聞こえたはずだ。


 橘さんも丹木葉君がいるのを知った上で言ったようだ。


 どうしたらいいんだろう?


 丹木葉君はそのまま駆け去ってしまった。


「磐神君、悪い事言わないから、丹木葉君とは関わり合いにならない方がいいと思うよ。それじゃ」


 橘さんは丹木葉君が駆け去ったのと逆の方向へ歩いて行ってしまった。


 これって、僕のせい? 何だか落ち込みそうだ。


 


 僕はその後、ランチタイムの時、亜希ちゃんに事情を説明した。


「だから言ったでしょ。関わらない方がいいの、そういう事には」


「はい」


 僕は叱られた子供のようにシュンとした。


「そういうところが、武君の長所なんだけど、今日は悪い方に作用しちゃったみたいね」


 亜希ちゃんは僕のあまりの落ち込みようを心配したのか、気遣ってくれた。


 そして、周囲を見渡し、誰もいないのに気づくと、


「ごめんねのチュウ」


と言い、キスして来た。僕は意表を突かれて目を見開いてしまった。


「あ、亜希ちゃん……」


 僕がドギマギしてると、


「だって、武君、悲しそうなんだもの。それに今日の私、ちょっと意地悪だったかなって思ったの」


 亜希ちゃんは恥ずかしそうに言った。


「あ、ありがとう」


 何だか場違いな事を言ってしまったかも知れないが、その時の僕にはそれしか言葉を思いつけなかった。


 


 その後、橘さんは講義に姿を見せていたが、丹木葉君は現れなかった。


 やっぱりショックだったんだろうなあ。


「あまり気にしなくていいと思うよ。武君のせいじゃないんだから」


 亜希ちゃんがそう言ってくれた。


「そうなんだけど……」


 それでも、僕は寂しかった。


 


 そして、いつものように駅で亜希ちゃんと別れ、バイトに行く。


 今日は橘さんを見かけなかった。何となくホッとする僕。


 


 バイトも終わり、帰宅。


 母はお風呂。姉が一人でキッチンでビールを飲んでいる。


「おっかえりい、たっけくーん」


 姉は、今度の日曜日の食事会が、僕と亜希ちゃんの紹介の席に変わったので、上機嫌だ。


 何だか、憎らしい。


「日曜日が楽しみだなあ、姉ちゃんは」


 ほんのり桜色の頬をした姉は、妙に色っぽくて可愛い。


 いかん、いかん。仮にも姉だぞ。可愛いなんて思っちゃダメだ。


「うん? どうした、武? 元気ないな?」


 姉に隠し事はできない。僕は今日あった事を話した。


 姉は腕組みして聞いていたが、


「まあ、亜希ちゃんの言う事が正論だな。お前はお節介した。だから、ちょっとは落ち込んだ方がいい」


「え?」


 何言ってるの? 酔っ払いのたわ言?


「まあ、気にするな、武。それより、食事会の時の挨拶、考えとけよ」

 

 姉のその言葉で、僕は今日の出来事が全部頭から吹っ飛んだ。


 挨拶? そんな……。


 明日、亜希ちゃんに相談しないと。


 ガハハと笑う姉をまた憎らしいと思った。

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